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君と旅行編 1 君ってそんな声出るんだね。

「グフ、グフフ」  だーれもいない田舎の夜道、俺の笑い声だけが響いてる。それから、秋らしくリンリンっつって鈴虫がどっかで大合唱。  そんで、俺は夜景なんて目じゃない、田舎の街灯に負けずに光り輝く星空に向けて、一通の封筒をかざした。  ジャジャーン。  って、心の中で言いながら。 「グフ」  当たった。 「グフフ」  俺の人生初だ。こういうの当たったことないんすけど。ありがとう神様。今まで、町内会のくじ引きも、福引も、あと飲み会のビンゴゲームも当たったことなかったけど、これ一個、当たるためだったのなら、全然、ありがとう。  当たっちゃったぜ。  一泊二日、温泉旅行、しかも露天風呂つき。  あざーす。  マジで、あざーす。  会社の掲示板なんて、ふーん、ってあんまり見たことなかったんだけど、ふと目に入った温泉旅行プレゼントっていう文字。見たら、うちの会社が入っている市の商工会議所のイベント? っていうの? それで、応募したんだ。  そんで、人生初。  一泊二日の旅行チケットが当たった。  今日、会社の経理にいる子が終業時刻ギリギリに来てさ、俺宛でーすって手紙をくれた。俺にそんな手紙初めてだったからなんだろうって思ったんだ。製造部にそんな手紙、新機能のついた最新工具のチラシとか? それか新社会人のマナー講習会とか? 俺、そういうマナーって本当にないからさ。そういうのかなぁって、思いながらその封筒を開けたんだ。 「たっだいまー!」 「あ、おかえりなさい。お疲れ様です。穂沙クン、大変だったね。その、急な納期短縮対応で」  そうだったっけ。そうそう、そうでした。今日は、来週仕上がりでよかったはずの仕事が急遽今日完成の明日出荷、っていう、普段なら「はぁ?」って言いたくなるような無茶ぶり納期変更の対応でガッツリ残業だったんだ。でも、その残業になりますよってところで例の封筒をゲットできたから、なんか一人鼻歌混じりで作業してた。他の人に「なんだすげぇご機嫌だな」って不思議そうな顔されながら。 「疲れたでしょ? あの、晩御飯作ったよ? お風呂先がいいかな。疲れてるもんね。作業服、そのまま洗濯機に入れておいてもらって大丈夫、です」  この、お風呂にします? ご飯にします? それとも。 「? 穂沙クン?」  僕にします? 的な感じで尋ねてくる静とさ。 「あの、穂沙クン? どうしたの? どっか痛いの? あの」  行くでしょ!  温泉旅館! しかも露天風呂付き!  「おなか、」 「当たった!」 「そうなの? 何か悪いもの食べちゃった? 今日のお弁当、僕は平気だったよ?」 「じゃなくて」 「? 拾ったの?」 「じゃねぇし! そもそも拾ったもの食べないから」 「あ、よかった」  いや、そこそんなに本当に心配されると……。 「じゃなくて!」 「あ、はい」 「温泉旅行が当たりました! ペア! 旅行券!」 「………………ひぇ?」  間、長げぇ。  めっちゃ、間が長げぇ。 「え、ええぇえ?」  そして、大満足のリアクション。 「え? 旅行?」 「そ、うちの会社のさ、タイムカードんとこに掲示板あるだろ? あそこにあったんだよ。商工会議所からの秋の行楽プレゼントチケット! んが! 当たりました!」 「わ、わぁぁ、すごい、当たった人初めて見た!」 「俺も」 「わぁ、おめでとうございます!」 「ありがとうございます」 「すごい! 僕、そういうの当たったことなくて! 当たった人、初めて見ました。すごいですっ」  いっつもはにかんじゃって、モゴモゴしちゃうはずの静がその名前の正反対に大喜びしてくれてる。おめでとうございますって、何度もお祝いの言葉を……。 「そっかぁ、いつなんですか?」  言ってくれるんすけど。 「日にち指定とかじゃないといいね。平日、あ、でも、二日くらいなら有給使っても! 僕、製造のお手伝いっ」 「…………ペアつったじゃん」  え、そこで、ポカン? ポカン顔? 「や、静と行くんだけど?」 「え、ええええええええええええっ!」  びっくりした。  すげぇ、びっくりした。  静がそんな大きな声出せるのにもびっくりしたし、何より、俺、ペアって言ったよね? 言ってなかったりする? 「ペアだって……」 「あ、はい! 言ってた……よ」  あ、言ってた。よかった。興奮しすぎて、言ってなかったのかと思った。 「なので、静とペア」 「!」  いや、そこでそんな目丸くする? むしろ、ペアって言ったのに、その相手が自分じゃないって思ったことがすごいっつうか。控えめがすぎるでしょ。あ、もしかして、俺がこのペアチケットを親とかに渡すとか思ったりした? 静はいい子だから、確かにそういうのしそうだけど、俺はしません。全然遠慮なく俺が行きます。俺、当てたんで。  君と行きます。 「露天風呂付き温泉旅行です」 「は、はぃ」 「静と」 「ひぃ」 「俺で」 「!」  面白すぎる。  真っ赤になって、キュッと肩をすくめたと思ったら、静と、って言った瞬間、すげぇ緊張した顔して、そんで、俺と行きます、って言った途端、目、輝いてた。  でっかい眼鏡のレンズ越しでもわかるくらいにキラキラって輝いて、ちょっとその瞳の中に嬉しそうな感じのキラキラお星様が混ざってるのが見えた。

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