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君と旅行編 2 君って口の拭い方過激だね。

 当選した温泉旅館の宿泊チケットは利用できる期間が決まっていて、その期間だったらいつでも使えるようなものだった。土日でも大丈夫。いわゆる、紅葉シーズンとか、人気のありそうな時期は使えないらしい。  俺らはチケットをゲットした翌週の土日で宿泊予約をすることにした。  初二人旅行にお互いに胸を弾ませて。仕事後、一緒に晩飯を食いながら、こんな場所なんだってネットで調べた情報お教えあったりして、一週間後の旅行にテンションはどんどん上がって行く感じ。  近くにあったのは温泉街って感じで、神社とかお寺とか、それから川下りとかもしてるらしいけど、静はそういうの怖がって腹痛くなりそうだから俺は言わずにいた。俺が、こういうのあるんだってって言ったら、うんやってみようって無理でも絶対に言いそうだし。  楽しみたいけど、そうじゃなくてさ。  楽しいことをしたいんじゃなくてさ。  静と楽しく過ごしたいってだけだから、なんて言ったら、くそ恥ずかしいけど。  とにかくこの一週間、絶対に土曜出勤になんてならないようにお互いに頑張ってた。どうした? すげぇ張り切ってんなぁ? って、同僚とかに言われるくらい。  そりゃ張り切るっしょ。  好きな子と初旅行っすから。 「わ、わぁ……」  電車での移動も楽しかった。二人で小さめの旅行バッグに荷物詰め込んで、めちゃくちゃ人が行き交うでかい都心の駅から新幹線とか乗っちゃうのも楽しくて。真っ直ぐ歩くのもままならないでかい駅の構内を矢印頼りに進むのだって冒険を突き進む感じで。あっち見ても、こっち見ても、口を小さく開けて目を輝かせる静が可愛くて。駅弁ひとつにマジで悩むところも可愛くて。 「す、すごいよ。穂沙クン」 「おー……」 「すごいすごい……」  小さな声で、すごいしか言わない静も可愛くて。 「わ……テレビみたいだ……すごい」  俺も今そう思ったって、プッと笑うと、静も小さく笑った。  旅館のある駅に降りると、ザ、観光地って感じの街並みに一気にテンションが上がっていく。ほら、よくテレビでやってるじゃん。食べ歩きみたいなさ。そういうのをしてそうな街並み。あっちこっちの店先で元気に挨拶とかかされると今の時点では買い物とかする積もりなくて、ただ街並み見学中な俺らは少し恐縮しちゃう感じで。お土産屋とご当地名物ってなってる意外すぎるものを使ったアイスクリームとか。普通じゃ絶対食べないような、例えばわさびとか、まぁわさびなら結構ありそうだけど、野沢菜アイスクリームとかさ。わざわざアイスにしなくてもいいじゃね? みたいな斬新テイストのアイスクリーム。それから、でっかい蒸し器からはすげぇ湯気が立ち上って。 「温泉卵とか作ってるのかなぁ」 「温泉饅頭じゃね」 「中華まんとか?」  なぜ、中華まん、温泉街なのにって、思っていたら、別の観光客がそこ蒸し器のところに立っていたおじちゃんに何を頼んで。そしたら、おじちゃんがすっげぇ笑顔でその蒸し器の蓋を開けた。  その正解は――。 「温泉饅頭だ……」  俺が正解でした。 「すごいね」  茶色でツヤツヤした饅頭がいくつも並んでた。それこそ、どこかでやってる旅番組でタレントが食べてそうな饅頭。 「俺たちも一個買おっか」 「あ、は、はいっ」  甘いの好きだから。 「すんませーん。あの、饅頭、ふたつ」  静は。  だから、引っ込み思案でこういうのさっと頼むのが苦手な静の代わりに饅頭を二つ頼むと、さっきのお客さんの時みたいにおじちゃんが蓋を開けて、目の前が湯気で何も見えないくらいの湯気の中から饅頭を一つ、そんで手際よく紙に入れていってくれた。 「あ、りがとっ」 「おー」 「は、はふっ」  饅頭にパクリと食らいつきながら、その饅頭に負けないくらいのツヤツヤほっぺたをピンク色にしてる。紅葉なんかに負けないくらいに可愛い赤色。 「美味しい……」 「確かにフワッフワだな」 「う、うんっ」  だから、全然、いいんだ。紅葉なんてないけど、全然構いません。もうこんな饅頭ほっぺたと泊まれるならもう全然。 「なんか、普通のお饅頭と全然違う」 「確かにな、すげぇ、こんな違うもんなんだなぁ」 「……」 「静?」 「あ、いや……穂沙クン、アクティブだからいろんなところ行ってそうだなって思ってて、ほら、さっき、新幹線乗る駅のところでも、すごい迷子にならないし」  だって、矢印出てたじゃん? この新幹線乗る人、こっちのホームですよーって、すげぇ親切に。 「ぼ、僕、あんまり旅行ってこないから」 「……俺も」 「えっ!」  あ、すげ。あんこが口の端っこにくっついてるのも可愛い。 「いや、海とかは毎年行ってたけどさ。泳ぎに」  とかだったり……その、まぁ、ナンパ、だったり。まぁ、色々としに出かけてみたり。 「けど、こういうの初めて」 「……」 「好きな子と? まぁ、その、ただ一緒にいる旅行っていうの」 「……」  ツヤツヤ饅頭みたいなほっぺたの子と。  海水浴もないし、紅葉鑑賞もない。レジャー施設はあるけど……車じゃないと無理だから、今回は行かないし。とくに「何かをする」ための旅行じゃなくて。 「そ、そんなの、あの……僕とじゃ、あんまり」  好きな子といるための旅行。 「楽しいよ、すげぇ楽しい」 「……」 「それと、口んとこあんこ付いてる」 「えぇ!」  びっくりした。口んとこ、あんこ付いてるよって言った瞬間、そんな思いっきり口んとこを、ビンタするとか。 「っぷはっ」  痛いじゃん。口。  ほら、真っ赤になってる。 「すげぇ楽しい」  唇も、それからほっぺたも。ツヤツヤの温泉饅頭よりもツヤツヤで真っ赤はほっぺたの子とする初旅行は、マジで、なにをしてても楽しいからさ。  海水浴も、紅葉も、レジャー施設も、今回はなくていい。君といるためのだけの旅行、そんなのがしたいってさ。 「にしても、饅頭うまっ!」  初めて思ったんだ。

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