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君と旅行編 3 君って寝る時パジャマだもんね。
和風、老舗旅館だぜ? 露天風呂付き、温泉旅館だぜ?
豪勢な料理。伊勢海老のお造りとか初めて食った。すげー、ぷりっぷりでビビった。テレビの旅行番組でタレントさんが言ってたのとまんま同じ感想言っちゃうことにもびっくりした。
腹一杯食って、お酒も……マジで安月給な俺らとしては、ビール瓶一本、サワー一杯の値段に「……ぇ」ってなるけど、それでもせっかくだからつって、一杯ずつサワー飲んで。
そんな豪華な夕飯、しっとり温泉宿、そしたらやっぱり浴衣だと思います。
俺、浴衣だと思うんですよ。
「……ど、どうしたの? 穂沙クン。ここ畳みだから、寝るなら、ちゃんとお布団敷いてもらえるから、少し退いた方が」
うずくまったままの俺の背中をそっと静が撫でてくれる。
ソウデスネ。ご飯下げてくれる時言われたもんね。このあと三十分くらいしたらお布団敷きに来るので、それまでごゆっくりしていてくださいって、露天入っていても構いませんのでって言われましたもんね。
でもさ、とにかくさ。
浴衣、デショ?
「あ、あの、お腹、痛い? 食べすぎた? お腹のどの辺が痛い?」
旅館は、浴衣、じゃないんですか?
「たくさん食べてた、もんね。おひつの中空っぽにして、宿の人が驚いてたし」
なんでだ。
「あの……薬、あるよ? それとも手……」
「!」
「わっ」
畳の上にうずくまり、丸まってた。
と、思ったら、いきなり俺が顔を上げたせいで、静がびっくりして、目をパチパチと瞬かせてる。でっかいレンズの向こうで、どうしたどうしたって俺を見上げて、そのレンズに疼くまってる俺が映り込んでた。
「浴衣は?」
「ぇ? あ、うん。ご飯食べ終わったし、一応、身体は洗ったから、も、もぉ……穂沙クンが寝ちゃう、ならって……思って……」
「寝ない!」
「あ、うん」
コクンと頷いて真っ赤になってるのが可愛い。
「そ、そっか。まだ八時だもんね」
時計見て、テヘヘって笑ってるのも可愛い。
なのに、なぜ君は。
「えへ……」
なぜに君は。
「浴衣は?」
「へ?」
フツー、旅館で温泉で露天風呂で、お布団なんだから浴衣でしょうが! 何でそこで、そんなパジャマなわけ! 浴衣はどうしちゃったの! どこに置いてきちゃったの! そんでなんでパジャマ持ってきてんの?
「あ、うん。だから、寝るのかもって思って着替え、ました。浴衣じゃ、ごちゃごちゃになってお腹出ちゃって風邪引きそうだから」
そうだよね。お腹、すぐに痛くなるもんな。冷えは禁物だもんな。そりゃ浴衣なんてでっかい布一枚を腰紐一本巻き付けて留めてるだけじゃ、心細いよな。
けど、食事終わって、じゃあ、そこの風呂一緒に入る? なんて言おうと思ってソワソワしてた俺の男心は、振り返った瞬間、ザ、家着、に着替え終わった静を見て、膝から崩れ落ちたわけで。
「あ、でも、まだ寝ない? じゃ、じゃあ」
なぁんでぇ、って膝から崩れ落ちちゃったわけで。
「露天風呂、とか……」
「!」
その膝から崩れ落ちちゃった男心がぴょこんって立ち上がった。
「あの……」
そんでもって、今、小躍りしてる。
「あの」
プシュウっ音がしそうなくらいに真っ赤になりながら、それでも俺を露天に誘ってくれた、照れまくりの俺の好きな子との入浴にすっごい、小躍りしてる。
「は、入ります」
「どぞど……って、メガネして入んの?」
「ぇ、だって見えないんだもん」
「俺がそばにいるからいーじゃん」
先に露天に浸かってた俺の背後から、小さな声が宣言して、もう裸なんて何回も見たけど、やっぱりどこか隠したくて、でもどこを隠したらいいのかわからず、後でしゃがんでる君がいた。
けど実は、きっと恥ずかしいだろうからって、見ないようにしてあげてたんだ。タオルでどこ隠せばいいのかわからなくて困ってるんだろうからって。
案の定だった。そんで――。
「っぷ、だからメガネなしにすればいいのにって」
「だ、だって」
お湯に浸かった途端、立ち込める湯気にかけてたメガネのレンズが真っ白に曇って、静の視界は湯気色になってる。
「見えねぇじゃん。星、すげぇ綺麗だよ」
「わ!」
「メガネ、ここに置くな」
「あ……はい」
パッとその湯気色レンズメガネを取ると、今入ってきたばっかなのに茹でダコみたいに真っ赤な静が、ちらっと夜空を見てからお湯の中へと視線を落とした。
「あ、でもメガネ外したら星は見えないのか、難しいな」
「……から」
「? 何? 聞こえない」
「見えない、から」
「あ、出る時? それなら俺が手を」
お湯に口が水没しちゃいそうなほど中に潜って、静が掛け流し温泉の水音に負けちゃってる小さな声で呟いた。
「メガネしてないと、穂沙クンが見えないから」
「……」
「だから、して……ました」
ブクブクブクって水没寸前。
「けど」
「……」
「ドキドキしてる、から、全然、メガネしてても、見れて……ない……けど」
小さな小さな声が教えてくれるその呟き一つ一つに俺はのぼせてそのまま溶けちゃいそうで。
「と、隣にいるだけで、その」
「これなら見えるでしょ?」
「!」
何してても可愛いんだ。
全然、ちゃんと男なのにさ。全然、フツーに男子なんだぜ? なのにさ。
「はい……よく見えました」
なのにどんなアイドルよりも、何よりも、ダントツ最強に、一番可愛く見えるんだ。
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