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第5話 山田くん
「お兄ちゃん。こちら、勇者っぽい山田くんです」
羽里がにこにこと、そんなことを言いながら、見るからに熱血そうな好青年、といった風貌のクラスメイトを紹介してきたのは、邪神が出現した次の日だった。わざわざ、僕が校門から出てくるのを待っていたようだ。
先日、妹が邪神を友達から譲り受けたことを考えると、もちろん一部の友達には、異世界転移に憧れているということを話しているのだろうが、基本的には、羽里はまわりにばれないように、こそこそと異世界転移を目指している。山田くんも突然『勇者っぽい』と言われて、困惑している様子がみてとれた。
「あ、どうも。山田です」
「兄の乃有です」
明らかに、何故、兄に紹介されているのか理解していない、勇者っぽい山田くんに挨拶をして、妹に視線を戻すと、自信満々に言われた。
「山田くんは、異世界の勇者になれると思って」
異世界ってなんなの? とはてなマークを飛ばしている、山田くんが、僕に助けを求めるように、おろおろと視線を送ってきた。が、妹が一体どんな立ち位置で、なぜそんなことを口にしたのか、僕も与り知らないところだ。僕は首を振った。
そして、首を振りながら僕は、連日のように、羽里が僕に手渡してくるBL小説やBL漫画を思い返してみた。そして、そういえば邪神騒動の前に、羽里がやっていたBLゲームを思い出したのだ。召喚勇者が主人公だった。
山田くんをもう一度じっくりと観察してみる。確かに、いわゆる勇者っぽい爽やかな熱血漢だ。焦げ茶の髪に、健康的な肌、筋肉もしっかりついている。羽里に『勇者っぽい』と言われて、意味はよくわかっていないけど、ちょっと嬉しそうに、はにかんでいる。その照れながら笑っている姿は、多くの女子生徒を魅了するであろうことが予想された。純粋そうだ。それに、きっと頼まれれば、男らしく世界を守ってくれるはずだ。
そして僕は思った。
(受けだな!)
羽里の『勇者っぽい』という言葉を、その字面通りに受け取ってはいけない。その裏には、恐ろしい腐った思想が展開されているのだ。
そして羽里だ。こうして勇者っぽい山田くんを連れてきたということは、彼女の狙いは一つであった。彼女から散々手渡されている資料という名のBL小説の統計から、容易に想像できる。そして、彼女はにこにこしながら言った。
「私は、それに巻き込まれたいと思います」
やっぱり。巻き込まれ狙いだった。
僕は思った。
羽里は『巻き込まれる』という意味をきちんと理解しているのだろうか。巻き込まれるというのは、辞書を引いても『否応なしに関わりをもつこと』と書いてあるのだ。こんな嬉々として目を輝かさせながら、巻き込まれる人間はいないのだ。
だけど、山田くんは、羽里に頼られて若干嬉しそうだ。そして、その姿は、日頃の自分を思い出させ、迂闊に否定もできない。そして山田くんは、ちょっと照れながら尋ねた。
「中知さん、異世界ってどうやって行くの?」
妥当な疑問だった。
もし、これが小説であるなら、話を先へ促すために、登場人物が言う台詞のように、山田は順当に正当な質問をした。そして羽里が、よくぞ聞いてくれました、とばかりに、ぱああっと目を輝かせて、言った。
「大丈夫。山田くんは、名前が『光』で勇者っぽいし、見た目も勇者っぽいから、そのうち絶対に、召喚されると思うの。任せてっ」
なんと。僕は驚きを隠せなかった。
ノープランです、ということをちょっと丁寧に言っただけだった。任せられる訳がない。
「召喚?ってゲームみたいな?え、勇者になったら、日本には帰ってこれないってこと?」
「うん、帰れないと思う」
妹は断言した。
いや、いろいろなパターンがあるではないか、と、僕が心の中で葛藤している間に、彼女は追い打ちをかけるように続けた。
「だいたい十六歳あたりが一番転移しやすいように思うから、今のうちに家族に置き手紙を書いておいても、いいかもしれないね」
「え! 俺死ぬの?」
「違うよ!世界を救うんだってば」
会話が噛み合っていない。
彼女の中で、我々の言葉は一体どのように処理され、そしてどこの小宇宙に飲み込まれて、星になるのだろうか。しかし山田くんは、どうやら彼女の戯れ言を真に受けて、そうか、と深刻な面持ちで考えていた。この学校には、まともな思考回路を持った人間は存在しないのだろうか、と、僕は不安になった。
「よく分からないけど、わかったよ。一応書いておくね」
大変だ。
この短時間の間に、山田くんがなにかを理解してしまったらしい。一体なにを理解したというのだ、僕にも是非教えて欲しい。僕の中で、あれ、異世界って、目指せばどうにかなる、大学受験みたいなものだっただろうか、と、僕は愕然とした。
「うん!あと、これ、持っておくといいかも」
そう言って、彼女はおもむろにペンダントを取り出すと、山田くんに手渡した。ちらりと手元を覗けば、なにやら紋章のようなものが刻まれた赤い石が金枠にはめ込まれており、なんというか、―――勇者が首からかけてそうなかんじだった。
「あ、ありがとう」
その少し嬉しそうな山田の声を聞いて、僕は申し訳ない気持ちでいっぱいになった。曲がりなりにも、かわいい女子からのプレゼントに、気恥ずかしそうな様子だったからだ。ごめん、それも何かしらの呪物である可能性が高い、と僕は心の中で謝った。
僕は気がついていた。先日の魔法陣といい、昨日の邪神といい、今までありえない、と思っていた羽里の行動に、成果が出はじめているのだ。それは恐ろしいことだった。そんな僕の気持ちも知らず、羽里はぽやんとした顔で、にこにこと言った。
「それじゃ、帰ろっか」
「一緒に帰るの?」
山田くんが不思議そうに尋ねると、彼女は言った。
「山田くんは生徒会に属していないから、帰路で召喚されると思うの。だから一緒に帰ろう」
理由はよくわからない。全く以って意味がわからないが、山田くんはちょっと嬉しそうだった。こんなわけのわからない理由だというのに、ちょっと嬉しくなってしまうのが、高校生男児である。本当にうちの妹がご迷惑をかけて、申し訳ない、と思いながら、僕はその様子を見て、はた、と気づいた。
(あれ? 僕必要ある??)
ん?と、僕が首を傾げているのを見て、羽里が、任せて、のような力強い顔をして、僕に言った。
「高校生の巻き込まれ転移で、幼なじみ以外の二人っていう事例は確認してないの。だいたい複数だからねっ」
なるほど。僕には、確固たる需要があるようだった。
確かに、巻き込まれ転移のパターンでは、生徒会役員が召還された際に、通りかかった主人公が巻き込まれる、とか、往来で巻き込まれる際も、三人以上が多いのも確かにそうかもしれない。いや、それはただの羽里が読んだ分の創作物の統計でしかないのだ。クラスメイト二人が巻き込まれることだって、あると思うし、会社員が巻き込まれるときだってあるではないか。
しかし、逆に、巻き込まれの時に、兄妹が含まれているパターンであるのだろうか。僕にはないように思った。羽里は僕と違って、友達がちゃんといるのだから、山田くんを誘うくらいなら、ほかのクラスメイトに頼んで欲しい…と、思いかけて、やっぱり心配だから、僕に声をかけてくれた方がいいのかもしれない、と思いなおした。
とにかく、そういった成り行きで、僕たちは三人で下校することになった。
ひとつ下の学年であるから、当然だが、接点が今日までなにもなかったわりには、山田くんが人当たりのいい奴で、コミュ障の僕でも、そこそこ会話が続いたことは救いだった。
とある十字路に差し掛かったときだった。羽里がハッとした顔をして動きを止めた。
僕には、その理由がわかった。おそらく、今日が、花園まりあ先生の新刊の発売日だということに気がついたんだろう。そして、どんどん青ざめ、首を振り、一歩進み、首を振り、そして、どうしても我慢ができなくなったのだろう。僕たちに「ごめん!」と言って、至極残念そうに別れを告げ、本屋に向かって駆け出して行った。なんて身勝手なんだろう。山田くんに申し訳ない。
そして、取り残された僕と山田くんは、仕方なく、また歩き出した。
「なにも起きませんでしたね。でもこれってなんか起きるまで続くんなら、ちょっと楽しいですね」
山田くんは、にこにこしながらそう言った。あんなわけのわからない妹の、わけのわからない理由で、一緒に帰ることになったというのに、山田くんは、本当にいいやつだ。受けだなんて、邪なことを考えて、申し訳なかった。
もしも、山田くんが、あんなヘンテコな妹でも、一緒に帰るのが楽しいと言ってくれるなら、僕は是非とも山田くんを応援したいと思った。羽里も十六歳くらいが召喚されやすい、みたいなことを言っていたし、羽里も山田くんもまだ十五歳なことを考えれば、しばらくは、羽里と山田くんを応援できるかもしれない。
そして僕は言った。
「十六になったら、て言ってたし、まだしばらく一緒に帰るのかもしれないね」
「あ、そう言えば、俺、実は今日誕生日なんですよ……」
僕は驚愕した。
山田くんが恐るべき事実を口にした直後、地面に幾何学的な模様が展開されたのは一瞬だった。
「「え!」」
僕と山田くんが驚いた声をあげる中、僕は思った。
(えええ、幼馴染以外の二人でも巻き込まれるじゃん!)
驚愕で思わず山田と顔を見合わせた後、辺りは真っ白な光に染まり、その光は僕たち二人を包み込んだ。そのとき、一瞬、誰かの視線を感じたような気がしたが、それどころではなかった。僕の頭には、昨日の邪神の言葉が思い起こされていた。
ーーー明日になれば、お前は必ず、我輩の助力が必要になるはずよーーー
「ま、まじかよおおおおおおお」
そうして、僕たちは地球上から姿を消したのだった。
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