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第8話 <ユクレシアの記憶03>

※※『ユクレシア』のことは回想形式で、今後も続いていきます。もし、わかりづらかった場合は、目次から<ユクレシアの記憶>だけ、つないで下さい。    ヒュオオオオオ  風に草が靡いていた。僕とヒューはまるで長年のライバルが、最終的な決着をつけるかのように、二人で先ほどから睨み合っている。だが実際は、昨日出会ったばっかりだ。  ヒューの耳くらいまである薄茶色の髪が、風に揺れた。  先程、シルヴァンが言い出した通り、僕と山田くんは戦う練習ということで、小さなモンスターから、倒してみることになったのだ。  山田くんにはシルヴァンとオーランドがついて、僕は、魔法の練習がしたいから、魔術師であるヒューについてもらうことになった。そして、ヒューが、僕のことを指差して言った。 「俺はまだ、お前のことを認めたわけじゃないんだからな!」  何かしらの物語に出てくるライバルのような台詞だ、と、僕は思って、そういえばヒューはゲームの主人公にもこうやって、何かしらのいちゃもんをつけていたような気がするな、と思い出した。  ヒューはツンデレ担当なのだ。  女嫌い、とっつきにくい、プライドが高いエリートで、潔癖症。とりつく島もないようなツンツン具合なのに、主人公と両想いになった後は、主人公のことしか目に入らない、とろっとろの溺愛タイプに変化を遂げる。妹曰く「ギャップ!」だそうだ。  本当に、黙っていれば王子様みたいな見た目なのに、目を釣り上げて怒っている姿は、懐かない猫、いや、懐かないアビシニアン。  主人公の健気さや、一生懸命頑張る姿に、少しずつ態度を改め、だんだん好きになってしまう、というコースであった、と記憶している。  が、僕は特に懐いてもらう必要もないので、僕は昨日買っておいた必殺の武器を取り出した。装備を買う時にいくつか用意しておいたのだ。 「早く魔法を教えないと、ドーナツを出すからね」 「な、なんだと!そもそもお前は、異世界から来たというのに、どこでそんな情報を!」  慌てているヒューを見ながら、僕は、王様から支給された四次元ぽke…ではなく、異空間収納袋を取り出した。  時間を止めたまま保存できる上に、30kg程度までなら収納できる袋で、国宝級の魔道具である。まさか巻き込まれの僕にまで、支給してくれるなんて、本当に、山田くんがお願いしてくれたおかげだと思う。そして、その袋の製作者は、まさかのヒューである。 『ドーナツを出す』という脅しだけでうろたえている姿からは、想像もつかないが、彼は、本当に、ユクレシア随一の天才魔術師なのだ。  そして、そのユクレシア随一の天才魔術師の作った国宝級の魔道具に、僕は、そのユクレシア随一の天才魔術師が大嫌いなドーナツを、一ダースほど収納している。  この、面白おかしいツンデレ魔術師に対応するのに、なんと用意周到なことか、と、皆が思うであろう。そんなにドーナツがあれば、ユクレシア随一の天才魔術師相手でも、思いのままですね、と、皆が僕を褒め称えるだろう。  だが、実はそれは、今思いついただけだった。  ただ、僕はドーナツが好物なのだった。  一ダース買いこんでおくほどに。そして、僕はドーナツを食べる際に、「何故、穴が空いているのか」という疑問を抱いたことは、今のところない。小一時間悩むことも、最終的に恐怖することもない。ちくわのことが怖かったこともない。  ヒューがドーナツに怯え、燃やしてしまう前に、僕がぱくっと食べることで、ヒューの目の前から、この世に存在する全てのドーナツを、一瞬で消してあげてもいい、と思うほどに、僕はドーナツが好きなのだった。  そして、僕は袋の中からドーナツを取り出した。  砂糖が軽くまぶしてあるだけの、プレーンのドーナツである。 「ヒッ」とヒューの顔が青ざめたのが見えた。  こんなにまるっとした、かわいいフォームだと言うのに、と僕は思う。そして、僕は口を大きく開けた。もっちりと歯応えがあり、ほんのりとした甘さと、ちょっとの油をじんわりと滲ませながら、それは僕の口に、あむっと吸いこまれた。  じわっとドーナツの旨味が口いっぱいに広がった。  僕は呆然とするヒューを見ながら、もっもっと口を動かした。ヒューが震えながら、一歩後ずさった。僕はもっもっと口を動かし続けた。そしてヒューは「よくそんな得体の知れないものを…」と、おばけでも見るかのような顔をして、しばらく固まっていた。  もっもっもっも。  しかし、耐えられなくなったのだろう。「くっ」と悔しそうな顔をして、ヒューが地面に手をついた。  僕は、自分の大好きなドーナツに怯えているヒューを見て、少し、気が大きくなっていた。日本では、肩身の狭い陰キャ生活を送っていたというのに、日本の高校のように、あからさまに僕を蔑んでくる視線がないせいか、心なしか自由に振る舞ってもいいような気もしてきていた。山田くんも優しいし。  そして気の大きくなった僕は、その自由の許すままに、「はっはっは」と、高らかに、勝利の雄叫びをあげながら、食べかけのドーナツを掲げ、悪役よろしく言い放った。 「さあ、これ以上、目の前でドーナツを食べて欲しくなければ、しっかり魔法を教えてもらおうか」  ←↓←↑→↓←↑→↓←↑→ 「おおお!すごい!スライムだよ!」  僕の目の前で、僕が放った魔法により、スライムがぼこぼこぼこっと、沸騰するようにあぶくを出し、じゅわじゅわっと音をたて、そして、消えた。隣でヒューが白い目で僕を見ているのはわかっていたが、それでも僕は、正直に告白すると、かなり興奮していた。  何故なら、人生ではじめて、スライムを見たからだ。スライム。あのプラスチックのケースに入って売られているスライムではなく、本当に動いているスライムである。  先ほど、僕たちがにらみ会っていた場所の隣にある、森の中を少し歩くと、そこには洞窟があった。幼い頃から、ゲームをする度に、一番はじめに倒す相手として現れるそのモンスターは、僕の冒険の一番はじめに、こうして倒されることとなった。ちょっと怖いので、魔術師らしく、遠くから、小さく魔法を打ったら、ジュッと音をたてて、蒸発してしまった。少し、かわいそうだな、と思ったのも確かだった。だが、スライムには非常に申し訳ないのだが、感動の方が勝ってしまった。  そして、先ほどから、とにかく思いつく限りの魔法をばかすか打ちこんで、僕は試しているわけだった。そして、呆然とその様子を見ていたヒューが、ぼそっと僕に言った。 「お前の世界…もしかして、魔法あんの?」 「え?それ、もしかして褒めてくれてる?」 「違う」  ヒューは結局、ドーナツの恐ろしさに負けて、僕に魔法を教えてくれた。  基本的な『ファイア』のようなものから教わっていたが、よく考えれば、僕はゲームでこの世界の魔法を見たことがあった。それに、羽里がよく読んでいる小説や漫画では、巻き込まれ一般人も、結構、無双しているものも見るし、僕ももしかしたらできるのかな、と、すこし期待していた。  ヒューがはじめる前に言っていたのだ。「魔法はイメージが大事」だと。僕はゲームでビジュアルを知っていたから、イメージも何も、そのまま思い出しながらやってみたら、それっぽいものが出たのだ。ヒューはちょっとびっくりしていた。  しばらく、そうして、弱いモンスターを倒していたわけだったが、ヒューが一度休憩しようというので、森の中に戻り、倒れている木の上に、二人で腰をおろした。いや、ヒューはその際に、木の上に浄化魔法をかけ、自分の分だけ、きちんとクロスを敷き、それにさらに浄化魔法をかけてから、その上に腰をおろした。 (そうだ。潔癖症…だった)  僕はその様子をぼんやり見ながら、異空間収納袋から、お昼ご飯を取り出し、食べはじめる。お互い、バゲットにチーズとハムが挟んであるような、簡易的なものだった。しばらく、無言で食べていたが、せっかくヒューと話す機会なのだ。僕は、この世界の不思議なことを話すことにした。 「この世界に似た物語が、僕の世界にあるんだ。魔王を倒す話、かな?一応」 「………」 「ヒューも出てくるよ。そこにドーナツのこと、書いてあった」 「ハア?!」  つまらなそうに僕の話を聞いてたヒューは、信じられないと言った顔で固まっていた。  そして、「俺はそんな、不特定多数に弱点を晒しているのか…」と愕然としていた。よく考えてみれば、ヒューたちは、自分の弱点どころか、恋愛も、R18版なら、それ以上さえも、全てをさらけ出している。キャラクターの気持ちを考えてみたら、それはかなり恥ずかしい事態だな、と僕は思った。だから言わないでおこうと思った。  僕は、くすくす笑いながら、続けた。 「僕の世界の人たちは、いろんな異世界に憧れてるんだ。だから、想像した世界が存在してしまうらしいよ。このユクレシアみたいに」  邪神の受け売りだけど、と、心の中で思いながら、僕は言った。遠くへ行きたい、この世界へ行ってみたい、と思いながら、小説を読んだり、ゲームをしたり、漫画を読んだり、そうしている人たちの想いが、世界を存在させるだなんて、すごいな、と、僕は思った。邪神のいうことを、鵜呑みはしたくなかったけど、本当に、いろんな異世界が存在するというのなら、それはすこし胸が高なる。  正直、羽里のことは、ちょっとまずい妹、くらいに思っていたが、ここにきて、そう|異世界《ここ》にきて、はじめて、彼女の情熱が理解できたような気がした。いや、トラックにクラウチングスタートはまずい。あれは、まずい。  彼女のは、もはや、情熱という言葉では表すことができない、銀河団ガス、くらいの熱を持っていると予想された。そのまま彼女の熱が、ビックバンとなって、宇宙をのみこむ前にどうにかしなければならない。  そんなことを考えていると、ヒューが言った。 「そんなこと、あるものか。想像が現実になるだなんてことは、ありえない。もし、そんなことがあるんだとして、それはこちらの人間が、お前の異世界に何らかの干渉をした結果でしかない。よく考えてみろ。どうしてヤマダはあのペンダントを持っていたんだ。物事には、何かしらのきちんとした原因があり、結果があるんだ」  な、なんという天才魔術師っぽい意見だ。  僕はヒューのことを見直した。いや、違う。もとからヒューはすごいのだ。さっきのドーナツのくだりで、その認識がよくわからなくなっていただけだった。  僕が邪神に聞いて、「へえー」と、そのまま鵜呑みにしてしまったな、と思った。確かに、一方的に、地球の人たちの希望が異世界を存在させているんだとしたら、あのペンダントは、どうして地球に存在したんだろう、と、僕は不思議に思った。  それから、ピーターパンのネバーランドを少し、思い出した。  あれは確か、子供たちが信じているから存在する世界だったはずだ。だけど、そうか、あの世界自体だって、子供たちに信じてもらうために、『ピーターパン』というストーリーとして、僕たちの世界の人たちに、認識してもらう必要があるのかもしれない。  その存在を知らなければ、人々はそんな異世界があったらいいのに、と、ぼんやり想像することはできたとして、こんなにも鮮明に、ユクレシアを存在させることはできないのかもしれない。  まずい。よくわからなくなってきた。  これはまさか、シュレディンガーの猫的な、哲学論にも通じる何かだというのか!全年齢向けのBLゲームだというのに、僕をこうしてのみこまんばかりに、じわじわと圧力をかけてくる。くそう。わけがわからなくなってきた。そして、そのとき、羽里のあっけらかんとした言葉を思い起こされた。  ーはわ、勇者くんかわいいかよ。どうしよ、お兄ちゃん。きゅんが止まらない!シルヴァンもっとやれ!ー  僕は、冷静になった。  そうだ。これはそういうゲームだ。たとえ、その存在がこう、どっちがどうとか、なにがああだとか、色々難しいことがあったとして、しかし観測者はアレである。そしてBLゲームであった。僕は未だ混乱していたが、ちょっとどうでもよくなった。  が、僕が混乱しているのがわかったのか、「ほらみろ」と言わんばかりに、ヒューが鼻で笑うのが聞こえた。 (くそう、天才魔術師め)  しかし、僕は最近、邪神といい、この天才魔術師といい、いろんな人に、鼻で笑われている気がするな、と思った。でもこれだけはわかる。誰かが干渉した結果だ、とヒューがいうんだとすれば、その人はきっと、ーーー 「じゃあ。この世界の誰かも、僕たちの世界のことを、あると信じて、願ったのかもしれないね」  だって、異世界の勇者を呼ぶということは、僕たちの異世界に存在して欲しかったはずだから。ペンダントもそういう流れで、僕たちの世界に行き着いたのかもしれない。ヒューは「どうだかな」と、つまらなそうに言ってから、続けた。 「確かに、異世界からヤマダを召喚したのは俺だが、別に願ったわけではない。そこにお前たちの世界があり、ペンダントがそこに存在していて、それを引き寄せただけだ」  あまりにも、僕のことを馬鹿にしたような言い方をするので、「別にヒューが願ったとは言ってないよ」と、僕は大して威力のない文句を言った。ヒューは、ふん、と鼻をならすと、紙の上に食べかけのサンドイッチを置き、水を飲み干した。  しかし、その瞬間、トッと木から降りてきたリスが、すごい勢いで、ヒューのサンドイッチからチーズを取って、ふわふわのしっぽを揺らしながら、一目散に逃げていった。 「あ!こら、俺の、チーズ!」  ヒューが怒ったような声を出して、なんだかそれは、天才魔術師としていつも仏頂面をしているヒューとは違って、僕と同じ十七歳ってかんじがして、なんだかおかしかった。ヒューはサンドイッチと、リスの逃げていった方向を見返しては、「ハア」とため息をついた。チーズが好きだったのかもしれない。そういえば、プロフィールに、苦手なものは書いてあったのに、好きなものは書いてなかったな、と思う。  すごく、がっかりしているみたいだった。  そんなヒューを見てたら、僕はいつの間にか、くすくすと笑い出し、そして、なんだか本当におかしくなってしまって、あははっと声を出して笑った。それから、食べてないところのチーズを「半分取っていいよ」と、差し出した。  ヒューは一瞬きょとんとした顔をして、目をぱちぱちと瞬かせていた。  それがまた、なんかいつものすました顔のヒューと違って、もっとおかしくなって、ぷぷっと僕は笑い続けてしまった。そうしたら、ヒューが、僕が差し出したチーズを取りながら、ふん、と鼻を鳴らしながら言った。 「あの鬱陶しい前髪がないと、お前のまぬけな顔が全開だな」 「はは…」  僕の笑い声は止まった。なんだか少しだけ、頬が赤い気がするヒューは、チーズが好きなことがバレて、恥ずかしかったのかもしれない。でも、まぬけと言われた僕は、チーズあげたのに、と思いながら、むっとした。 (くそう、天才魔術師め…) ※※次の回から展開が変わりますが、『ユクレシア』のことは回想形式で、今後も続いていきます。もし、わかりづらかった場合は、目次から<ユクレシアの記憶>だけ、つないで下さい。

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