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第29話 王家のダンジョン
「あの…ここはもしかして」
「王家のダンジョンだな」
僕は薄暗い、神殿のようなダンジョンの中、ユノさんと歩いていた。
どうせ誰もいないから、被り物は外しておけ、と言われて、僕は、普通の顔のまま、猫耳で歩いているわけだった。
何故かさっき、歩きながら、ヒューのことを思い出してしまい、「そうだよね、僕はヒューとキスしたことあったよな?」と、不思議に思っていた。旅の中盤以降のヒューを思い出そうとすると、ズキッと頭が痛んだり、ぼやっとしたり、なんだかおかしな感覚があるのだ。
思い出して、恥ずかしくなってしまったけど、ユノさんにキスされるまで、なんかその記憶がすっぽり抜けてしまっていたようなかんじだったのだ。と、そこまで考えて、ユノさんにもキスされてしまったことを思い出し、僕はブンブンと頭をふった。
とにかく、今はダンジョンである。
「出かけるぞ」という軽いノリだったから、もしかして、ユノさんが今度こそ、街を案内してくれるのかな、と、一瞬期待してみたものの、行き先は、薄暗い森の奥にある、ダンジョンだった。
ここは、一番はじめに、ハルトさんと僕が転移してきた、王家が管理している森の中なのだ。あの時も、もしかしたら、このダンジョンに向かっていたのかもしれない、と思った。
てっきり買い物とかかな、と思っていた、僕の鞄の中には、リビィさんの家に行く時のような、簡単なものしか入っていない。水と財布と、一応、ヒューの異空間収納袋が入っているくらい。ダンジョンなんて久しぶりで、本来なら、こんな軽装備で…と、不安にもなるところだが、このダンジョンにそこまで強いモンスターはいないのだ。
僕は知っていた。
(主人公と攻略対象で来るダンジョンー!!なんで僕…と、ユノさん)
ゲームの中盤で、ダンジョンに二人で挑むイベントがあるのだ。
その神殿の最後には、ダンジョンに挑んだ攻略対象に、|今《・》|必《・》|要《・》|な《・》|ア《・》|イ《・》|テ《・》|ム《・》が出てくるのだ。羽里と僕は、獅子王とハクさんのルートしかクリアしなかったので、獅子王の時は、守り石、ハクさんの時は、伝説の剣だったけど、ユノさんのルートでは何が出てくるのか、わからない。
でもこの、『今、必要なもの』が出てくる、という魔法感には、ちょっとどきどきしてしまう。
(そもそも、僕と二人で挑んで、何かが出てくるかもわからないけど…)
神殿の中には、ところどころに、草が生えていたり、蔦が絡まったりして、緑色の神殿のようになっている。この世界のモンスターは、植物系とか虫系が多いのだ。多分、獣人の世界だから、獣っぽいモンスターがいると、生態系がなんだかおかしいからかもしれない。
この世界では、属性魔法が使えないので、僕は、ユクレシアでオーランドに教えてもらった、なけなしの短剣を構えている。が、ユノさんが強すぎて、僕は先ほどから、ただ、後ろに立っているだけである。
細身の剣で、モンスターを薙ぎ払いながら進む姿は、ヒューみたいな魔術師とはまた、一味違うかっこよさがあると思う。ヒューの魔法も、他の魔術師みたいに、長い詠唱をしたり、まわりくどいことはしないから、すごくシュッとしてて、かっこいいのだけど。
「かっこいい…」
小さくつぶやいたつもりだったけど、ピクッとユノさんの耳が動いたから、もしかしたら、聞こえてしまったかもしれない、と、少し恥ずかしくなった。でも何故か、ユノさんの尻尾が、ふさふさと揺れていて、気分が良さそうだから、まあいいか、と開き直った。
この神殿のダンジョンは平坦な一階層のみ、モンスターも弱いのばかりだけど、ただ、長いのだ。数時間歩いて、神殿の最後の祭壇のところまで行くと、そこに、魔法アイテムが出現するはずであった。
少し、休憩しようと、途中ユノさんがビスケットを渡してきてくれた。思いがけない優しさに、僕はびっくりした。
「どうしてダンジョンに行くことになったんですか?」
「しばらく行ってないから、様子を見てきてくれと言われたんだ。後、最後に祭壇があるらしいんだが、そこで出たアイテムをもらえると言うから、こうして休日返上している」
「そうだったんですね」
何故、僕まで一緒に?という疑問が、頭の中をぐるんぐるん回っていたが、なんだか聞くと、また機嫌を損ねそうだ、という危機を察知した僕は、にこにこしてやり過ごした。だって、どうしてキスしてくるのかはわからないけど、昨日の夜から、ユノさんは、少し、僕と会話をしてくれるようになったのだ。ユノさんは、一緒に住んでいる人である。それに、僕が推しキャラの狼なのだ。僕だって、できることなら、仲良くしたい。
(それに、確かに、僕も魔法のアイテムは気になる…)
←↓←↑→↓←↑→↓←↑→
「わああ、荘厳。すごい…すごいですね、ユノさん」
「ああ…美しいな」
神殿の最後にある祭壇が見えてきた時だ。草や蔓がはびこっている緑色の祭壇に、斜め上から、幾重にも光が差し込んでいた。僕は、父さんが、カンボジアに行った時に、空に浮かぶ城が出てくるアニメ映画のモデルになった、という遺跡の写真を、見せてくれたことを思い出した。
薄暗い、緑に包まれた神殿に、その最後にある祭壇に、まるで、神様からの贈り物のように、美しい光が差し込んでいる様は、本当に神秘的だった。
砂漠の国では、冒険というほどの冒険はなく、四年いたのにも関わらず、ほぼ家事に明け暮れていたのだ。そうでない時は、ミミズ討伐と、エミル様の実験に付き合ってばかりで、もっと色んなところを見てみたらよかった、と思った。
モフーン王国は、小さな国だけど、自然が美しいのだ。きっと湖や川、山に海も、日本ではみられないような絶景があるに違いなかった。もし、もしもユノさんと仲良くなれたら、いろんなところに、行ってみたいなあ、と僕は思った。
「あれが祭壇でしょうか」
光の筋が一番集まっている部分に、白い石造の壇があった。ユノさんと一緒に前に進むと、ぱああっと祭壇の上が一際輝き、両手のひらにちょうど乗るくらいのサイズの、丸い鏡が出てきた。「鏡?」と僕が首を傾げていると、ユノさんが手をかざしながら、言った。
「『想い人を映す鏡』なんだこれ」
「え、ユノさん。鑑定もできるんですか??すごい」
確かに、鑑定魔法は、専属の職業の人がいるはずだった。属性魔法ではないけれども、確か、獅子王たちがこのダンジョンのアイテムを鑑定士の人に見てもらっていたのだ。
ユノさんって、底が知れない。僕は改めて、ユノさんに驚いていた。
が、しかし、ーーー。
(え?なんだって??想い人を映す??)
獅子王の時は、守り石によって、その後のイベントで怪我をしなくてすんだ。ハクさんの時は、ハクさんの家に代々伝わっていた剣が折れてしまうというイベントがあって、伝説の剣が出てきたのだ。
ユノさんのことだから、もしかして異世界に関わるアイテムなんじゃないかと思って、僕は楽しみにしていたわけだけど…まさかの、ーーー
(恋愛アイテム!!!)
「ふふふ」
「なんだ」
「い、いえ、ちょっと、面白いものが出てきたなと思って…」
思わず笑ってしまったけれども、これはおそらく、ぎりぎりセーフだった。僕はゲームの知識から、このアイテムがユノさんにとって『今、必要な魔法アイテム』であることがわかっていた。けど、その情報を多分、ユノさんは聞いてないのだ。
さっきも「出たアイテムをもらえるらしい」としか言っていなかったし、もし、それが自分にとって『今、必要な魔法アイテム』だと分かっていたら、鑑定した結果が『想い人を映す鏡』だったら、多分、ユノさんは口にしないと思う。
だめだ、笑いを堪えなければ。笑ってはまずい。僕はぷるぷる震えながら、必死で笑いを押し殺した。が、ーーー。
「ふふ、あはは、待って、ごめんなさいユノさん。ほんとにごめんなさい。ふふっだ、だめ。ごめんなさいっ お、思いも寄らなっ かったんですっ ふふ」
(だめだ!かわいい!!ユノさんかわいすぎる!)
僕が笑い出してしまったのをみて、ユノさんは不思議そうに首を傾げた。それから、僕が笑っているのと、鏡を数回見比べてから、鏡を祭壇に置き直して、水を飲んでいた。
しばらくして、僕はようやく落ち着き、「一緒に見てみてもいいですか?」と、ユノさんに尋ねたのだ。若干、下世話な下心もあったことは認めよう。もし、リビィさんが映ったら、僕は二人の幼馴染BLを全力で応援しよう、と思った。
そして、二人で覗いてみた。
すると、鏡の表面がゆらゆらっと虹色にゆらめき、「わ、何かが映りそうな雰囲気!」と、僕をどきどきさせた。が、しばらく揺れていた表面が落ち着き、そして、そこには、僕とユノさんの姿が、そのまま映し出されたのだ。
「ふふ、ただの鏡ですね」
「ただの鏡だな」
ユノさんは、「なんだ」とがっかりした様子で、首を振り、鏡を僕に渡して、「やる」言った。僕は、戸惑いながら、それを受け取った。
想い人を映すと言うことは、僕が見たら、僕の好きな人が映るのだ。ユノさんが見たら、ユノさんの好きな人が映るはずであった。好きな人がいなかった場合は、鏡のように、自分が映るのだろうか…と、考えて、ふと思ったことを口にしてしまった。
「でも、これって、もしかしたら、好きな人同士で覗いたら、普通の鏡ですよね」
「え?」
ユノさんは、ちょっと驚いていたようだった。まあ、そんなことはありえないので、僕は、せっかくなので、鏡の裏に描かれた魔法陣を見ていた。そして、おや?と思った。魔法陣の中に『生体の座標』ではなく『魂の座標』のエレメントがあったからだ。
これは、意図せぬところで、通信機に役立つかもしれない情報だった。
(場所の指定がある。鏡を持った人間の座標、と…、これ、想う人の『魂』の現在位置を映してるんだ…)
昨日、ユノさんは、魂の探知には、『その相手の想いの強い目印が必要』と言っていたのだ。だけど、この鏡は、こちらが想うだけで、その魂の座標を特定していることになる。
(どうやって?…こちら側の強い想いが、目印になるのか?)
だとすれば、僕にとっては、今一番会いたいと思っているヒューが映ってもいいはずだけどな、と考えて、また、あれ?と思った。
時間軸、異世界の座標、魂の歴史。
リビィさんは、時間の流れは均一ではない、でも一定でもないと言ったのだ。外側から見れば、一定の方向に流れてるわけでもないっていうことだ。
(ん…??想う相手の、魂の現在位置??あれ?ヒューの世界の『現在』が、この世界の今、と時間軸が違った場合、映る『魂』っていうのは…どうなるんだ??)
僕が、よくわからない思考をループさせながら、首を傾げていると、ユノさんに「いつまでやってるんだ」と言われてしまった。僕は、慌てて、異空間収納袋に、その鏡を入れると、小走りにユノさんに近づいた。ユノさんは、何故かちょっと照れている様子で、ぷいっと横をむきながら、でもやっぱり尻尾は揺れていた。
なんだろう?と思っていたら、ユノさんが不意に振り返った。そして、かがんだユノさんの顔が何故か近づいてきて、むにっと、僕の唇に、ユノさんの狼の口が当たった。そして、ぺろっと頬をなめられた。
僕は、びっくりして目を丸くした。
「へ?!」
驚いている僕を見て、ユノさんが、やっぱりまだ少し照れた様子で、言ったのだ。
「意地を張ってたけど、もうやめる。帰ろう、ノア」
「………ゆ、ゆのさん?あ、あの…その、」
僕は、自分が、何をどう尋ねればいいのか、よくわからなかった。が、それでも何かを尋ねる前に、ユノさんは、歩き出してしまっった。僕は、真っ赤になりながら、呆然と立ちすくんでいたけれども、もうよくわからなくなって、とにかく、あとで考えることにした。
しぶしぶ歩き出した僕の、目の前に広がる、薄暗い神殿の通路を見て、ふう、とため息をついた。
「…い、今来た道のりを戻るのは、また時間がかかりそうですね」
「もう、諸々の確認は終わったんだ。|ル《・》|ク《・》|ス《・》を使えば速いだろ」
「|ル《・》|ク《・》|ス《・》…って、あっああ、身体強化ですよね。実はやったことないんです」
ゲームでは、光みたいに速く走れるよ、っていう魔法だったことを思い出す。
ユクレシアには、身体強化の魔法なんてなかったから、実はやったことがないのだ。僕がそう言うと、ユノさんは、意外にも、丁寧にやり方を教えてくれて、ちょっと練習していたら、僕はすごい速さで走れるようになった。
そして、帰りの道は行きの半分以下で、僕たちは街に辿り着くことになった。帰り道、走りながら、ふと思った。
(あれ?そういえば、ルクスって、前にもどっかで聞いたこと、あった…?いつだっけ…)
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