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第31話 似ている二人
「リビィさん…輪廻転生ってあると思いますか」
「えー?随分、ドラマチックな話題だね。一応この国では、信じられているね」
僕は、作業台に肘をつき、ずーんというキャプションと真っ黒な画面を背負い、項垂れながら、そう尋ねた。通信機の魔法陣がうまく作動しないのだ。仕事の合間に作っていいよ、とリビィさんが言ってくれて、たまにこうして向き合っているわけだが、本当に難しい。
そして、そもそも、魂の座標を組み込む時点で、その概念に基づいてやっているのだが、そう言った概念は、この世界ではどうなのか、と気になった。
それに、どうしてもおかしいと思うことがあるのだ。
(ヒューと、ユノさんが似すぎている…気がする)
僕がこの世界に来てから、もう半年以上の時間が過ぎていた。季節はすっかり冬なのだ。
ユノさんと僕は、あれから、週末に色んなところの絶景を見に行くのが、習慣になった。この国の自然は、本当に美しくて、はじめて行った滝から、川、山、海、それに、渓谷、色んなところを旅してまわっていた。少し遠いところは、リビィさんに、お休みをもらったりして行ってみたりして、なんというか、今回の異世界転移は、僕は、大満足な毎日を送っているのだ。
ところで、僕は高校生である。
実質、この十七歳の肉体とは別に、ユクレシアで一年、砂漠の国で四年、過ごしていることを考えれば、精神年齢的には、もうすでに二十二歳のはずであったが、一応、高校生なのである。
地球にいたら、なかなか外国には行けない。いつも父さんが撮ってくる写真を見て、色んなところに行くことに、憧れていたのだ。
この世界には、戦争がない。そして、多少のモンスターはいるものの、脅威になるようなモンスターもいない。明確な目的もない。本当に、のんびりと幸せに過ごしているのだ。
ユノさんとも、時間を過ごすうちに、かなり仲良くなっていた。が、仲良くなればなるほど、疑問が頭に浮かぶ。
(こんなに似てる人っているものなのかな…)
ユノさんも、朝が弱い。ツンとしていて、意地っ張りだし、気が強くて、プライドが高い。何よりも、僕と一緒に話している時の、返答とか、反応の仕方とかが、ヒューにそっくりだ。が、潔癖症ではない。そして、神経質でもないような気がする。
あまりにも似ているので、僕は、ある日、ユノさんにドーナツを出してみたのだ。
ユノさんは固まっていたが、ヒューのようにひどい顔はしなかった。そして「甘いものは苦手だ」と言って、部屋に戻って行った。
(ドーナツは、怖がらない)
そう考えて、そりゃそうだと思う。
ドーナツを怖がる人間なんて、世界中、いや、異世界も含めて、全部の世界の中でだって、たぶん、ヒューだけだと思う。
ともあれ、ヒューとユノさんのドーナツ事情は置いておいて、とにかく輪廻転生である。
『魂の歴史』を読むというのは、多分禁術だと思っている。
だってそうでなかったら、誰もが前の人生はどうだったとか、その前はどうだったとか、調べることができてしまうからだ。そう易々とできることではないと思う。だから、そのエレメントについては、リビィさんにも聞いてない。
なぜか、ユノさんはすごく詳しいようだったから、うっかりあの時、口にしてしまったけど、本当は、口にするのもよくないことだったかもしれない、と思ったのだ。
だからそれ以降は、とにかく自力で、アイディアをひねり出しているが、なかなかうまくいかない。
エミル様の部屋にあった魔法陣を覚えていたから、入れるべきエレメントはわかる。でも、それを描けば発動するのか、というと、そういうわけではない。ユノさんも言っていたけれども、相当、大切な目印がない限り、人の魂など、そうそう読みこめるものではないのだ。大切な目印然り、その目印の扱い方然り、全体のバランスも然り。そして、おそらくだけど、発動する人間が誰か、とかも関わってくる、難しいことだ。
あまりに煮詰まって、邪神に「魂の歴史の読み方を教えて」とダメ元で聞いてみたら、案の定「いやだ」と言われた。僕の心の闇を糧にしていることを考えれば、それは、当たり前の応えであった。
「輪廻転生したら、人格とか性格ってどうなるんですかね」
「うーん、記憶を引き継ぐわけではないし、それはその人生の境遇によって、やっぱり性格も変わってくるんじゃない?」
「ですよね」
ちょっとだけ、もしかして、ユノさんって、ヒューの魂が入ってたりして〜、と、思ってみたりしたのだ。でも、リビィさんの言う通りだった。記憶があるわけではあるまいし、性格や人格まで、似てるというわけではないだろう。
だとすれば、たとえ、ヒューの魂だったとしても、ヒューになるわけではない。だから、ユノさんがたとえヒューに似てたとしても、それはただの、他人の空似でしかなかった。
(大体、ヒューが騎士を目指すとは、あんまり思えないし…根暗だから)
「ユノさんって昔はどんな子だったんですか?」
「いっつも本読んでたかな。騎士を目指しはじめてからは、色々鍛えてたけど」
「ユノさん、あんなに魔法に詳しいのに、魔道具作ったりしないんですね」
「ああ、魔道具には興味なさそうだね」
それを聞いて、やっぱり違うよな、と、改めて思う。あのヒューが、騎士を目指すなんてこと、考えられなかった。
もしも、ヒューに好きな子がいて、その子に「騎士ってかっこいいよね〜」とでも言われたら、意地っ張りなヒューは、騎士という騎士をこの世から駆逐するか、自分が一番強い騎士になるか、どちらかをしそうだとは思うけど。
とにかく、僕は色んな理由で、本日、黒い背景を背負っている。その1つは通信機がうまくいかないこと。もう1つは今日が金曜日であるからである。
そう、金曜日。
ユノさんは、金曜日の夜になると、必ず、家主の特権と、狼のかわいさを振りかざし、パワハラ(?)をしてくるようになっていた。
僕がユノさんのことを、撫でまわしたいのをわかっていながら、狼の姿で、これみよがしに徘徊し、くうん、と、すり寄ってくる。が、僕が物欲しそうな顔で見ていると、「ふん」と鼻を鳴らすだけで、撫でさせてくれない。
が、動物が好きすぎる僕の、「撫でたい!」という欲望が限界を超えてしまうと、僕は、ついうっかり、手を伸ばしてしまうのだ。そして、待ってましたとばかりに、尋ねられるのだ。
「どうすんの?」と。
そして、僕がまっかになってる横に座り、僕の顔を至近距離でのぞきこみながら、「ん?」と、美しい大きな銀狼が、首を傾げてくるのだ。そして、僕が正気に戻る頃には、僕は、再び狼になったユノさんの体に、頬擦りをしながら、狂ったように撫で回してしまっているのだ。
お分かりだろうか。
この説明だけでは、伝わりづらいかもしれないので、もう一度説明させて欲しい。そもそも、ユノさんは最近、平日は僕に触らせないようにしているのだ。ずっと狼の姿で、ふさふさと尻尾を振り、家中を練り歩きながら、僕に指一本触れさせようとしない。が、金曜日になると、突然すり寄ってくるのだ。
僕は、平日5日間の禁欲(触らせてもらえない)を強いられ、金曜日の夜に、突然、「触りたいだろ」「触ってもいいんだぞ」という無言の圧力で、かわいすぎる狼にすり寄られているのである。
僕は、完全に、ユノさんに、欲望を管理されていた。
一体どこの世界に、自分と同じ空間にいるかわいい動物を、撫でずにいられる人間がいるというのか!いや、いるかもしれないが、僕には無理だ。無理であった。
(この陰湿で、しかも効率よく、最大限に効果を発揮させる、やらしいやり口…)
そして、欲望のままに、ユノさんを撫で回した後、週末は、べったりとユノさんにくっつかれ、「対価」と言われて、思う存分、キスをされ続けているのである。僕も撫でてしまったので、文句が言えない。
そう、僕の、「好きな人がいるんです作戦」は、完全に裏目に出ていた。
こちらの弱みを握り、自分の権力を振りかざしてくる姿は、ヒューにそっくりだ。あの、こちらを翻弄しながら、褒美をちらつかせる、ねちっこいやり口は、ヒューがやりそうな手口である。
(ヒューなんじゃないの?ユノさん。ヒューなんでしょ!)
(あー…帰りたくない…いや、でも撫でたい…でも…)
動物好きの僕の心の葛藤は凄まじい。でもすごく僅差で、やっぱりキスするのは恋人じゃないとダメだと思う!という倫理が勝った。
僕は、だめだろうな、と思いながらも、一応リビィさんに尋ねてみることにした。
「リビィさん…帰りたくないんです。今日、ここに泊まったらだめですか?」
「あー…ノア、まずいよ。お、お迎え来てる、みたい、だよー…」
「え?」
「何もしてないよ。僕は、何もしてないからね、ユノ」
僕の前で、リビィさんがなぜか無実を証明するかのように、両手をあげて、首を振っていた。
僕は首を傾げて、それから振り返った。リビィさんの工房の扉に、銀色の狼の顔があった。無表情ではあったが、じいっとこちらを見て、「ほう」と一言、低く呟いた。
僕は思った。
(ユノさんは、僕のことを好きなのか、嫌いなのか、どっちだというのか)
そして、叫んだ。
「ぎゃあああああああ」
←↓←↑→↓←↑→↓←↑→
「なんでお前は、リビィにすり寄っていくんだ。俺の次は、リビィか!」
「ええ?!ど、どういうことですか。別にすり寄ってないですよ!」
あの後、全力で逃げていた僕は、当たり前だけど、街中で案の定、ユノさんに飛びかかって押し倒された。痛かった。が、迎えにきてくれたのだから、多分、ユノさんは、夕飯の買い出しを手伝ってくれるつもりだったんだと思う。
もう十二月なのだ。
今日は朝から、絶対に鍋にしようと決めていた。鍋は食材が多いから、買い出しも重いのだ。人前で異空間収納袋を使うわけにもいかないので、ユノさんが手伝ってくれるのは、すごくありがたかった。
が、さっきから、不機嫌。ものすごく。
「ユノさん。だいたい、僕は被り物をしてるくらい、半人前なんですよ。顔もわからない僕がすり寄ったところで、リビィさんだって、困るだけですよ…」
「………すごく、いい匂いがするんだ」
「は?」
「お前から、美人の匂いがする。から、お前が美人なことは多分、リビィにもバレてる」
瞬間、僕の意識は宇宙の彼方へと吹っ飛ばされた。今のユノさんの言葉には、今までの人生の中で、聞いたことのないワードが含まれていた。
(美人の匂い……?)
僕は、意識が宇宙に吹っ飛ばされたまま、なんとか家にたどり着いて、鍋の準備をしていた。そう、前にヒューにも言われたけど、僕は、わけのわからないことに遭遇すると、料理に逃げる癖がある。
コトコトと昆布を煮出していた。ついでに大根も入れてしまった。鶏ひき肉にネギとレンコンを刻んで入れて、鶏団子にした。大根は、ただ、僕が好きなだけなので、おでんみたいに大きめに切って。昆布と一緒に、底に忍ばせた。白菜と、エノキ、それから、長ネギと、彩りに、ニンジンも入れて、蓋をしたところで、僕の意識は、ようやく、少しずつ宇宙から帰還を果たした。
「なんだそれ!」
ソファでくつろいでいたユノさんが、ビクッと肩を揺らした。「あっすみません」と、僕は、恥ずかしくて、まっ赤になったが、おかげさまで、意識が現実に戻った。
そして気がついた。
この国では、人間のような、ほぼ毛のない姿は、女神のように美しいと思われているのだった。そのせいで、ハルトさんは、城下の人間に、事実として、女神様のように崇められている。どういう感覚なのかはわからない。人型で言うのなら、ユノさんだって、すごくきれいだと思うのだが、獣人からしてみると、人間の美しさは、全く違ったレベルのものらしいのだ。
(もしかして、匂いも?)
僕には、さっぱりわからないが、僕からも人間っぽいぜ、というような匂いがしているということだろうか。そうなんだろうか。
出来上がった鍋を見て、「ニホンの料理?」とユノさんに聞かれ、「はい」と答えた。市場で売っている調味料をちょっと研究して、醤油っぽい味を作ることに成功したのだ。そして、ゆずっぽい果実で、どうにかポン酢的なものを作った。
僕はまだ料理初心者なので、作る料理は、煮るものが多い。たまーに、揚げ物も挑戦してみたりするが、放っといていい煮物はやっぱり楽だ。そして、ヒューもエミル様もそうだったけど、ユノさんも、こってりよりも、さっぱりした味が好きだから、多分、鍋も好きだと思う。
今日、ユノさんが、ポン酢を気に入ってくれるようだったら、この冬の食卓の準備は、大分、楽になるはずだった。僕は、どきどきと、反応を伺った。
大根を食べたユノさんの顔が、ふわっと綻んで、僕に、にっこりと笑って言った。
「美味しい」
「………ユノさん、、って綺麗ですね…」
「………お前は、本当に人の話を聞かないな」
「えあっ!あ、す、すみません」
「それと、ほんと、お前が褒めるのは、顔ばっかりだな」
ユノさんが、あんなに優しげに微笑むのなんて、見たことなかったから、びっくりしてしまった。端正な顔立ちのユノさんの瞳が緩み、慈しむように綻んだのだ。
(美人の匂いっていうか…どう考えたって美人は、ユノさんの方だと思う。男前だけど)
じとっと恨みがましい目で見られて、あれ、僕はユノさんの顔を褒めたことがあったっけ?と不思議に思った。なんか前に、ヒューにもそんなことを言われた気がする。
僕が大根を一口齧ったら、じゅっと出汁のしみた大根が、口の中でほどけた。
こんなに簡単で、あったかくて、あったまる上に、ユノさんを笑顔にしてしまうだなんて。ほんと、ーーー
(鍋って偉大…)
……と、思っていたのだが。。。
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