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第32話 酔いどれ ※

  「あっ んむっ ふ、んん」  僕の口から濡れた声が響いた。  さっきから、ユノさんに、僕の唇に噛みつくようにキスをされているのだ。なんで、どうして、と、考えてはみるが、弱いところを舐められて、思考はすぐに流された。 「まっ ゆ、ゆのっさん んんっ」 (……あれ、どうしてこんなことに、なったんだっけ…)  あの後、ユノさんと一緒に、鍋をつついた後、僕は、顔見知りの市場のおじちゃんがくれたジュースをグラスに入れて、ソファでくつろいでいるユノさんのところに持って行った。いつもだったら、食後のこの時間に、ユノさんから「撫でたいだろ〜」攻撃が始まるところであった。  が、せっかくもらったので、ジュースを差し出した。「ユノさんにどうぞ」って、もらったと言ったら、ふうん、と言って、ユノさんはそれを飲み干した。僕の分もグラスに淹れて、一緒に飲んだのだ。  それが間違いだった。  体がぽかぽかとして、なんだか視界がぼやっとした。ユノさんが、「あれ」というように、眉間にしわを寄せて「ノア?」と尋ねてきた。僕は「はい?」と言って、ユノさんを見た。  ユノさんは、怪訝そうな顔をして、僕に尋ねた。 「お前、成人してるよな?酒、弱いのか?」 「……お酒?飲んだことない」 「え」  ちょっと焦ったような顔をしてるユノさんが珍しくて、僕は、ふふっと笑ってしまった。男前なのに、目を丸くしていて、かわいい。そう思ったら、口から出ていた。 「ユノさんかわいい。撫でてもいい?」 「………」  ユノさんは、今、人型だというのに、なんだかすごくかわいく見えてしまっていた。いつも後ろで一括りにしている、長い銀色の髪を解いて、撫で回し、ピンッとしている三角のかわいい耳をはむっと口に含んだ。ビクッとユノさんが揺れ、尻尾がピンッと跳ねた。  逆立っている尻尾に手を回し、根本から先っぽまで、何度もゆっくり撫で上げたら、ユノさんが眉間に皺を寄せて、「ふ」と小さく息を漏らした。 「気持ちいいの?」 「………」  僕はユノさんの首筋に、鼻をこすりつけて、匂いをかいだ。今は人型だけど、狼の時と同じ、太陽みたいなあったかい匂いがした。ユノさんの首筋にすり寄っていたら、ぎゅうっと抱きしめられた。こんなこと、ヒューにしかされたことないから、僕はヒューを思い出した。 (ユノさん、あったかい……)  とくとく、と、ユノさんの心臓の音が聞こえる。  僕は自分が何をしているのか、よくわかってなかった。さっき、ユノさんがびっくりしていたことを考えれば、僕が飲んでしまったジュースは、お酒だったのかもしれない。  お酒っていうのは、リミッターを外すのだ、みたいなことを聞いたことがあったけど、なんのリミッター?と僕は不思議に思っていたことを思い出した。 (ああ、そうか…理性の、リミッターを外すのか)  僕の、ユノさんを撫でまわしたいという欲求を抑えていた、理性というリミッターは、ぶっ壊れていた。ユノさん、狼になってくれないかな、と、ちょっと思ったけど、ぎゅうっとしてくれているユノさんの体温が心地よくて、うっとりと身を委ねてしまった。  空いた手で、ふさふさと揺れている尻尾を撫で続けていた。 「ノア」  耳元で、ユノさんの熱い息が漏れた。  一際、ぎゅうっと抱きしめられ、なんだか、愛されているみたいな気持ちになった。あれ、この状態は、よくないんじゃないの?と、一瞬、理性が浮上しかけて、そして次の瞬間、僕は、ソファに押し倒されていた。 「んんっ」  ユノさんの唇が、僕の唇に重なった。  そして、熱い舌先で唇を割りさかれ、貪るように、口内を暴かれていく。舌を絡ませ、上に下に、何度も交わり、その度に、くちゅりと濡れた水音が響いた。 (ふぇえ?え?)  熱い舌でぬるっと弱いところを撫でられ、体が跳ねた。  ねっとりと絡められ 呼吸ごと飲みこまれていく。混ざりあった僕とユノさんの唾液が、つ、と僕の口から滴り落ち、それすらも、ぺろっと舐め取られた。 「んっ ふあっ ゆ、ゆのさんんっ」  あまりの恥ずかしさに、頭がおかしくなってしまいそうだった。  ぎゅっと絡まった指先から、ピリピリと電流が流れてくるのを感じる。上から見下ろすユノさんの視線に、晒された瞬間、どくんと心臓が跳ねた。  そこにあったのは、肉食獣の獰猛な瞳だった。  獲物を、僕を、逃がさないとでもいうように、そのギラついた視線の奥には、しっかりと欲情が滲んでいた。僕は、きゅううっと心臓を掴まれたような、逃げられない、みたいな、よくわからない気持ちになった。 (狼だ。狼に、食べられる…って、こんな…) 「ノア、のあ、…す……、、」 「ああんっ」  耳を齧られ、僕は女の子みたいな声をあげてしまった。「す?」と思ったけど、首筋を舐め回されて、噛みつかれて、それどころじゃなかった。ユノさんが、僕の名前を呼び続けているせいで、僕は頭の中まで、ユノさんでいっぱいだった。  そしてまた唇を奪われる。  舌を絡め取られ、ユノさんの犬歯に甘く噛みつかれて、震えが走る。呼吸器官を支配されているっていう恐怖と一緒に、口の中を暴かれて、奪われるように蹂躙された。 (怖いのに、気持ちいい…)  あたたかい生々しい感覚が、口内を荒々しく這っていく。吸われて、なじられて、舐め回される。普段、あんなにクールなかんじにしているユノさんの、嵐みたいな口づけに、僕の思考は、完全に奪われてしまった。  頭の芯がじんと痺れた。何も、考えられない。 (溶けちゃう……) 「…や、やめ。ゆ、ユノさん…だめ」 「どうして」  子供をあやすような、優しい声色でそう尋ねられて、視界が涙でにじむ。「気持ちよさそうにしてるのに」と、その涙さえも、全部舐め取られて、支配されていく。  ちゅ、くちゅという水音が響いて、中心に熱が集まって行ってしまうのがわかる。 (キス…気持ちいい。すごく、気持ちいい) 「んっ と、とけちゃうからあっ」 「!」  ピタッとユノさんの動きが止まった。  お酒と、信じられない快感で、頭のおかしくなった僕は、その何も考えられない頭で、信じられないことを口にした。 「きす、きもちいっ… んんう!」  ぶわっと涙が溢れた。  自然と腰がゆらめいてしまう。恥ずかしいのに、だめだってわかってるのに、与えられる快感が強過ぎて、いつの間にか、ユノさんの首を引き寄せて、れろっと舌を絡めてしまった。ユノさんの頭を抱き寄せて、あさましく腰を擦りつけて、髪を撫でまわした。 「んんっ ん、んっ ふぁっ ゆ、ゆのさんっ」 「………くそ」  気持ち良すぎて、涙を流すのが止まらない。とめどなく流れる涙で、ユノさんがどんな顔をしているのかも、よく見えなかった。ユノさんの手が、僕のパンツをずりおろし、下着から、完全に勃起した僕のペニスをぷるんと引き出した。ユノさんの大きな手が、僕のペニスに絡みついて、扱きあげられた。 「ひあああんっ」  僕は、自分であげた声にびっくりして、目を見開いた。  そこで、僕のなけなしの理性が少し浮上する。こんなの、だめに決まってる。自分が腰を擦りつけていたのを棚に上げて、僕は、首を振って否定した。そして、どうにか回避するために、あの設定を思い出したのだ。  ここまで流されてしまっている状態で、これを言ったところで、酔っ払っていたとは言え、僕は完全にダメな男であった。が、それでも、これ以上、されてしまうわけにはいかなかった。 「ああっ だめ、だめ、こんなの、す、好きな人がいるからっ」 「……………じゃあ、呼んでて。好きな人の名前」 「そんなこと、できなっ んんっ」  どういう状況だろう。ユノさんは、僕が他の人のファンなことに腹を立てていたはずであった。が、好きな人の名前?酔っ払って、うっかり気持ちよくなってしまった僕を、介抱してくれているみたいなことなんだろうか。それなら、ユノさんは優しすぎだった。  だけど、その間も、ユノさんは、僕のペニスの弱いところを狙ったかのように、こすり続けていた。そして耳元で囁かれる。 「好きな人のこと考えてて」 「ああっ な、んで??」  ユノさんの指先が、僕の先端をぐりぐりと刺激した。そして、甘く、優しく、扱かれながら、色んなところを刺激され、指先でねぶられる。 「ほら、誰が好きなの?」 「んんっ ひゅ、ひゅうっ。やだ、 イッちゃう。で、出ちゃう。んッ!」 ぶわっと液体が溢れ出したのがわかる。いきすぎた快感に、目の前がチカチカした。ダメだとわかっているのに、僕は、腰をがくがく震わせて、あられもない声をあげた。  ヒューの名前を口にしてみたら、ぶわっと色んな感情が広がった。ユノさんの指が、ヒューに触られてたときみたいに動く。ちゅ、ちゅ、と優しく唇を落とされながら、手はだんだん激しく、僕のことを高めて行く。  僕の思考は完全に奪われて、溶けて消えた。  ユノさんが優しく囁く。 「…ノア。ヒュー愛してるって言って」 「ふぇ?な、なんでっ ひあああん」 「ほら」 「ああんっ ひゅう すき 好き 大好き」 「………うん」  僕の頭は完全におかしくなっていた。過ぎた快感に、誰が何をしてるのかさえも、わからない。  なぜかユノさんが、噛みしめるみたいに、優しい笑顔でうなづいた。 「も、出ちゃっ ああんっ」 「うん、出していいよ」 「あっ やっ ふ、あああああっ」  僕は言われた通り、ユノさんの手に白濁を吐き出した。ぴゅっぴゅっと、飛ぶのに合わせて、体をびくびくと震わせ、そして、そのまま、くったりとソファに沈んでいった。  朧げな意識の中、そこにいるのは、全く違う人なはずだった。だけど、混乱した僕は、ただ、|大《・》|好《・》|き《・》|な《・》|人《・》の名前を口にした。 「ひゅ、 好き 好きだよ 大好き」 「うん。知ってるよ。俺も……いや、知ってるよ」  はじめて口にしたお酒によって、ぐるぐるになってしまっていた僕の頭は、いつものように、ズキンと割れるように痛まなかった。|大《・》|好《・》|き《・》|な《・》|人《・》のことを思い出しても、痛くなかった。  柔らかく、慈しむように目を細めた、ヒューの幻覚が、そう僕に言った気がした。  そして、僕は意識を失った。  ーーー翌朝、ガンガンと痛む頭を抱えて、僕は、昨日のことをあんまり覚えていないことをユノさんに伝えた。ただ、なんか、よくわからないけど、なんか、まずいことをしたような気がしていて、ユノさんに、尋ねたのだ。キスをしていた辺りまでは、うっすらと覚えているのだ。きっと、何かまずいことをしてしまったに違いない。そして、とにかく謝った。  ユノさんは、絶句して、死んだ魚のような目をしていた。 「お前…もう絶対、酒飲むなよ」  と、地を這うような声で言われた。が、小さく「ん、でも記憶がなくなるのか…」と呟いて、顎に手をやり、少し考えてから、ユノさんは言い直した。 「いや、俺の前なら、飲んでもいい」 「え?」  よくわからなかったけれども、割れそうな頭の痛さに、僕はもうお酒は飲みたくないな、と思ったのだった。

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