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第34話 セーフ

   ガチャン  一緒に帰宅したユノさんが、何かごそごそ探してるな、と思ったら、鎖のついた、ごりごりの枷を、僕に足につけた。「ん??」と、僕が首を傾げている間に、ユノさんは、鎖のもう一方の端を、普段ユノさんが寝てる、大きなベッドのフレームに繋いだ。「ん???」と、僕はさらに首を傾げた。 「ユノさん…?」  つい先程のことだった。  雪原で、僕は、ユノさんに「好きだ」と告白をされた…多分。ユノさんは、しばらく僕のことを抱きしめていた。  苦しそうな顔で「ごめん」と言って、それでまた「好きなんだ」と、言った。僕はすごく驚いて、固まってしまった。そして、ユノさんが、「ごめん」と「好きなんだ」を数度繰り返すのを見ながら、少し、考えていた。 (『す』……)  そう。僕は、ユノさんと過ごすようになって何回か「す」という言葉を聞いていたことを、思い出した。その度に、首を傾げていたけれども、そうか、と思った。  今、こうして目の前で、僕に「好きだ」と言いながら、「ごめん」と謝るユノさんがいて、その「ごめん」は、「好きって言って、ごめん」なのだと気がついた。 (もしかして、今までずっと、僕に「好き」って言わないようにしてたのかな…)  それは僕の、ただの想像でしかなかった。だから、それが本当かどうかはわからない。でも、もしかすると、ユノさんは、僕が「ヒューのことが好きだ」って思ってたから、言わないようにしていたのかもしれないと思った。  そして、今は、ーーー。きっと、リビィさんに、僕がどうしても出ていかないといけない、と聞いたんだろう。たまに帰ってこれるわけではない。もうきっと会えないことを知っていて、それで、それなのに、ーーー。 (好きって言って、困らせてごめん…ってこと)  ぎゅうううっと心臓が絞られたみたいに痛んだ。涙で視界が揺れたけど、必死にこぼさないように耐えた。  信じられないけど、ユノさんの真剣な表情を見ていると、ユノさんは、僕のことがどうやら好きみたいだった。こんなにかっこいい人に、好きになってもらえるなんて、すごいことだな、と僕は思った。だけど、ユノさんが本当に、僕のことが好きならば、辛いのは僕ではなかった。僕は涙をこぼすわけにはいかなかった。  好きだと言ってしまったら、僕を困らせることになると思って、ずっと、言わないでいてくれたんだ。 (優しい人…)  僕も、ユノさんのことが、大好きだった。  抱きしめる腕の力強さに、僕のことを、大切に思ってくれてることが伝わってきた。僕の鈍さは、ヒューのお墨つきだった。今思えば、気づくべきところは、たくさんあった。僕は、ユノさんの優しさに、守られていただけだった。  僕は、この世界で、いつだってユノさんに守られて、楽しい時間は、全部、ユノさんと一緒だった。僕だって、離れたくない。僕だって、一緒にいられるなら、ーーーでも。  僕には、ヒューがいて、本当に、恋愛的な意味で、ヒューのことが好きなわけではなかったけど、どうしても、ヒューのことが頭に浮かぶのだ。  ユノさんとこの世界に残れば、僕は、羽里のことを守ることができない。それに、ヒューが遊びに来てくれても、僕はそこにいないのだ。それを考えると、僕はどうしても、帰るという選択肢を譲ることはできなかった。  僕は、そっとユノさんの背中に手をまわした。ピクリとユノさんが震えた。 「ありがとうございます、ユノさん」 「……………ごめん、ノア」 「ううん。言ってくれて、嬉しかったです。僕は、どうやら鈍いらしくて、いつも怒られるんでs……って、え?!」  ーーーと、言ったところまでは、僕も覚えていた。が、その後、急に銀狼に変体したユノさんの背中にぐいっと乗せられて、ものすごい速さで山を下り、王都をかけ抜けて、家に戻ってきた。あまりの速さに僕は目をまわしてしまい、ただユノさんの首にしがみつくので精一杯だった。今思い返してみても、よく落ちなかったものだ。と、思う。  そして、今、ーーー。 「え。もしかして、僕のこと、監禁しようとしてますか?」  俯いて、鎖が壊れていたりしないかを確認していた、ユノさんの肩がピクッと揺れた。ユノさんの部屋のベッドは大きくて、二人で寝ても狭くない、ということは、実はもう何度もここで寝落ちしたことのある僕は、知っていた。 (………思考が、ヒューそっくりだ。根暗、闇寄り。そのくせ、行動派)  そして、僕が逃げ出さないように、鎖にアラがないかを、一生懸命チェックしているのだ。その鎖の長さから推測するに、僕は、このベッドの上以外には、どこにも歩いていけなさそうだ。ベッドの上にずっといなくちゃいけないなんて、寝る以外なんにもできないなあ、と思う。 (真面目で、几帳面。そして、不器用…この僕に、そう思われるほどに)  鎖に繋がれている僕なんかよりも、ユノさんの方が、ずっとずっと、辛そうな顔で、こっちの方が心配になった。今まで半年以上も、一緒に過ごしてきたのだ。流石に、ユノさんが、僕に悪いことをするような人ではないことを、僕は知っていた。僕は、この人に監禁されたとして、全然恐ろしくないな、と、思った。  ユノさんから返事はなかった。  ただ、返事がない人の相手は、エミル様で慣れていた。そして、ユノさんの中身は、ヒューにそっくりなのである。普段なら、尻尾を巻いて、ガタガタと逃げ出すであろう僕も、こんなに優しい人のことを、怖いとは思わなかった。  それに、僕は、羽里のBL漫画コレクションという、脳内インデックスを搭載しており、このパターンをはじき出した。その僕が分析した、今の状況は、「男前がヤンデレ化して、監禁をおっぱじめなそうなとき」である。「男前がヤンデレ化して、監禁をおっぱじめなそうなとき」に、一番してはいけない対応は「怯える」である。最悪なのは「怯えて、逃げる」である。  そして、僕は、それ系の闇BLを読む度に、実は対処法を考えていたのだ。何故なら、羽里が「お兄ちゃんは、こういうタイプに好かれそうだから、気をつけた方がいいよ」と言っていたからだ。内心、「そんなわけあるか!」と思いながらも、自分がその場にいたら、誰よりもガタガタ怯えて、逃げ出そうとするだろうことが予想された。いや、それは当たり前の対応のはずだ。誰だってそうすると思う!が、僕は考えたのだ。  その、監禁された場合のシュミレーションを、試す機会が本当に訪れるとは思わなかった。そのシュミレーションは、流石に、知り合い以上の関係の人、限定の対応であった。僕も、全く知らないおじさんとかに、この技を試す勇気は、おそらくなかった。が、僕のことを監禁しようとしているのは、ユノさんなのだ。  毎日ずっと一緒にいて、僕に「好き」と伝えることですら、ずっと我慢してしまう(多分)ほど、優しい人なのである。僕が、怯えて、逃げ出すことを、多分、一番怯えているのは、ユノさんのはずだった。  まずは、僕が考えたヤンデレの攻略法第一、闇が深まりすぎる前に、現実に引き戻すこと。  僕はユノさんの顔の前に、スッと手を伸ばした。  そして、僕が考えた「男前がヤンデレ化して、監禁をおっぱじめそうなとき」用の、最強の技を繰り出した。僕は、人差し指をくるりと丸め、親指の関節のところで、ぐうっと力を入れると、そのまま、すごい力で、はじいた。 「って!」  そう言ったユノさんが、びっくりして目を丸くしながら、痛そうに額をさすっていた。  ーーーデコピンである。  その、まぬけで平和的な響き。おかしくなった男前の頭を、冷静にする適度な痛み。そんな技をくらってしまったという、若干の恥ずかしさ。僕の計算では、それらが相まって、おかしくなった男前を、現実に引き戻してくれるはずだった。  これこそが、僕が考えた最強のヤンデレ対応であった。  そして僕は言った。 「ユノさん。鎖で繋がれてしまったら、僕は、ユノさんに、今夜、鍋を作れませんね。寒いところから帰宅した後の鍋は、最高ですよ。それに、これじゃあ、掃除も洗濯も、できませんね」 「………」 「そういえば、モフーン王国は、桜が綺麗なの知ってましたか?僕は、それを、ユノさんと一緒に見るのを、楽しみにしてたんですけど。それもできなかったりしますか?」 「………」  ユノさんが、唇を口の中に閉まって、「まずい」みたいな顔をしているのを見ながら、僕は、困ったように笑った。 「ユノさんは、僕のこと鎖でつないで、何がしたいんですか?」 「………一緒にいたかった、から」 「ずっとベッドの上でですか?」 「………」 「ユノさんのえっち」 「!!!」  ←↓←↑→↓←↑→↓←↑→ 「………」  結論として、とにかく、鎖は外してくれた。  僕の考えた、最強のヤンデレ対応『デコピン』は、ユノさん相手には、ばっちり効果があったと言える。まあ、ユノさんは根が優しいのだ。他の、頭のおかしくなりかかっている男前に効くかどうかは、わからないけれども。とにかく、僕は監禁されずに済んだ。  が、しかし、鍋を食べ終わった直後から、ユノさんは、僕のことを後ろから抱きしめたまま、離さない。どうやら、ユノさんの、今まで色んなことを、抑えつけていた何かが決壊してしまったらしい。今も、ソファで僕を抱き枕のように抱え、後ろからぎゅっと抱きしめて動かない。トイレに行く時ですら、扉の前までついてくる。  そして、肩口で、すんすんと僕の匂いを嗅いでは、鼻を首筋に擦りつけて、悲しそうなため息を漏らすのだ。 (こんなにくっつかれて、好きだって言われて、ヒューみたいで、、ヒューのこと、置いてくみたいで、さらに辛い…)  が、僕にはわかっていた。どの漫画で見ても、曖昧な態度を取るのはダメだ。潔く、きちんと断らないキャラクターのことを、僕は大嫌いだった。とにかく、僕に、地球に帰らないという選択肢がない以上、ユノさんに思わせぶりな態度を取るのは良くない。 「ゆ、ユノさん。僕には好きな人が…」 「……もし、俺が、ノアの好きな人だったら、ノアは帰らない?」 「いや、それは…うーん。それに、ユノさんはユノさんでしょ。その、本当に、すごく…似てるんですけどね…」 「面倒な根暗だからな」 「うわ。そういう根に持つところがそっくりですよ」  あれ、僕は「帰る」と伝えたんだったかな?それにしても、本当に、離れがたい。僕の腰にがっちりと回されてる、男らしい腕を見ながら思う。リビィさんは、ユノさんに愛されたいっていう人はたくさんいるって言ってた。前にユノさんが言ってた「美人の匂い」っていう人間の匂いを差し引いたとしても、僕なんて、どこにでもいるような、普通の男だと思うのに、何が良かったんだろう。 「その、僕のどこがそんなに…?」 「惰性な気もしてる」 「それ、考えうる答えの中で、割と最悪なやつですよ」  なんだ惰性って、と思いながら、でもそれなら僕がいなくなっても、ユノさんが冷静になれば、大丈夫かもしれないなって少し、安心した時だった。後ろからぎゅうっと抱きしめられて、ふわっとユノさんの太陽みたいな匂いが胸に広がる。そして、この世で一番愛してる人に囁くような声で、ユノさんが言った。 「嘘。すごい好き。全部好き。優しいとこも、許してくれるとこも、鈍いとこも。好き。ノアなら何でもいい」 「〜〜〜っっ」  それから、ユノさんは、耳元に口を寄せて、噛みしめるみたいに言った。 「大好きだよ」  きゅううううん、と、胸がしめつけられるような衝撃があって、どっどっどっどと、心臓が激しく脈打った。顔にすごい勢いで熱が集まり、指先が、心なしか震えているような気すらする。 (な、な、な…何これ……し、心臓壊れる。心臓が、爆発する)  前に、寡黙キャラがデレたらまずい、と思ったことを思い出した。ユノさんは、途中からは、決して寡黙キャラというわけではなかった。ヒューとエミル様を足して二で割ったような、ツンデレではあったけど、それでも、こんな直球のデレ方を、僕は体験したことがなかった…あれ?いや、なかったはずだった。  人生で、はじめて、こんな直球で口説かれて、僕の中では、パニックを超越して、なんだかわからないけど、パンデミックみたいな、もしくは、ビッグバンみたいな、とにかく広範囲に及ぶ、すごい威力の、大恐慌が起きていた。 「俺のことも、好きになって」 「…ば、」 「ば?」 「爆発しちゃう……」  ユノさんは、よくわからない、と言った顔で、首を傾げ、それから、むうっと不貞腐れたような顔になった。僕の肩口にあるユノさんの顔は、ふくれっつらで、それで、そうやって膨れたまま、ぽつりと言った。 「困らせたいわけじゃない。言いたくもないのに、どうしても、帰れなくなればいいのにって、思ってしまう。ずっと我慢してたけど、好きって言ったら、止まらなくなった」 「ユノさん…」  そして、この際だから、全部言ってしまえ、とでも思ったのか、あけすけに、欲望も吐き出した。 「えっちなこともしたい」 「ゆ、ユノさん!?」  それから、たった今、言いたくないって言ったのに、ユノさんは言った。 「帰れなくなればいいのに」 (…あ、言った!)

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