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第39話 正直に話してみよー

  「でも、わかります。ノアさんって、なんか清楚ですもんね」 「ーーーは?」  月曜日、学院から帰ってきたトゥリモに、昨日のお店と、今日の学校が、いかに大変だったか、という話を聞かされていた。  どうやら、やっぱりあの土曜日に、フィリと僕が噴水広場で、ドーナツを食べてキスをしていたことが、魔法学院で、写真付きで、号外になったらしい。トゥリモに見せられた号外に、大きく載った自分のキスシーンに、卒倒しそうになった。  そして、僕の意識は、再び宇宙への旅に出た。  しばらくぽかんとして、宇宙を彷徨っていた僕は、両手でまっ赤な顔を抑えて、うずくまった。  だいぶ時間が経った後、冷静になった僕は、「え、プライバシーとか…」と思わなくもなかったが、フィリは学院の中ではアイドルみたいなものなんだろうから、そんなことになっても、おかしくはないのかもしれない。それでも、フィリは大丈夫だったかな、と心配になった。  トゥリモの話によれば、昨日はお店のドーナツが午前中で完売するほどの反響で、今日は学院で質問攻めだったらしい。そして、帰ってきて、店にいた僕に、文句を言っているわけだった。  確かに、よく考えてみたら、今日は学院が終わる午後3時あたりから、すごい量の学生のお客さんだった。だけど、僕にとって、平日の仕事は初日だったので、こんなもんなのかな?と、思っていたのだ。  そして、トゥリモが続けた。 「でも、あの誰とも馴れ合わない孤高のフィリーニ・クレーティ様が、むっつりとはなー」 「ーーーは???」 「いや、だって、ノアさんに行く人って、なんか大分、むっつりだと思う」 「おい、ちょっと待て」 「なんか…俺だけのものにして、穢したいって思う変態が行きそ……あ、やば…」  トゥリモが恐ろしいことを口にした瞬間、真っ青になって凍りついた。僕がカウンター越しに振り返ると、そこには、氷のように冷たい目をしたフィリが立っていて、僕の横の椅子に座ったトゥリモを、見下ろしていた。  その姿を見ただけで、どきっと心臓が跳ねて、頬が熱くなった。  時計を見たら、確かに5時になっていた。片付けもちょうど終わって、トゥリモと話していただけだったので、もうアガリだなと思った。「もう上がっても大丈夫かな?」とトゥリモに聞いたら、「よくこの状況で平然としてますよね…」と、呆れたような顔をされた。  だって別に失言をしたのは僕ではないし、と思いながら、「おつかれさま」と言って、エプロンを脱いだ。  が、片づけるために置いてあったドーナツをフィリが「それ」と、指さした。例の如く、今日のおすすめをフィリに聞かれ、チョコにチョコ重ねの、ブラックフォレストをおすすめしたら、それを一つ買ってくれた。袋に入れて手渡したら、すぐにそれを渡された。 「〜〜っっ」  なんだかもう、こういう小さな優しさに、僕は、きゅんとしてしまう。  フィリは何も言わないまま、外に出て行った。でも、扉の横に立っているのが見えるのだ。そういうところが、本当にヒューみたいで、僕は赤くなってしまった。 「すごい…あの、フィリーニ・クレーティが、こんなことするんだ……すごい。他の人間といるところすら、見たことないのに…ノアさん、すぐ食べられちゃいそう」 「……いや、だからおい。さっきから何」 「いや、だってノアさんだって、完全に恋してる顔じゃないすか」 「そ、そんなことない!!!」  僕は、顔に集まった熱を、パタパタと手で仰いでなんとかしながら、唇を噛みしめた。  扉の横に立っている、ピンと伸びたきれいな背筋。ちょっと不機嫌な横顔、さらっとした髪が風に靡いた。異世界っぽい、白を基調にした、騎士の服みたいな学生服が、すごく似合っていて、かっこいい。見てるだけで、頭がおかしくなりそうだった。  そしてハッとする。 (違う人!!!違う人違う人違う人違う人……)  実はそこに立ってるだけで、僕のことを待っているわけではないんじゃないか、と淡い期待をしながら、外に出たら、途端に、手を取られた。ぎゅっと指を絡められて、僕の心臓は、もうすでにバクバクしていた。僕は念仏のように「違う人」という言葉を、頭の中で唱えながら、精一杯の声で言う。 「あの、フィリ。話があって…」  ん?と首を傾げて振り返ったその顔だけで、ときめいてしまう。ううう、と握られている手とは逆の手で、胸のあたりを抑えながら、僕は言った。  僕は、このヒューにそっくりな、フィリのこと。ユノさんみたいに傷つけるわけにいかなかったのだ。僕はどうしても、仲良くなりすぎる人間を作りたくなかった。  僕は正直に話すことにした。  信じてもらえないかもしれないけど、他の異世界にも行ったことがあること。この世界には長くいられないこと。前にいた世界で、深く傷つけてしまった人がいて、あんまり人と関わりたくないこと。  それから、ーーー、ユノさんのことを想う。それに、少しだけ、エミル様のことも。どうしてか、どの世界でも、惹かれてしまう人がいるのだ。僕はそんな自分を許せないし、もうこれ以上、同じことを繰り返したくなかった。 「その、僕は、行く異世界で毎回、すごく好きな人ができちゃって…」 「ーーー|ま《・》 |い《・》 |か《・》 |い《・》 ……?」 「しかも、僕はなんだかすぐ人を好きになってしまうのか、その…いつも、似たような人に惹かれてしまって。それで、フィリも、とても、僕の好きな人に似てるので、僕は多分、ーーー。その、す、好きになっちゃったら、フィリを困らせちゃうから」  フィリさんの言葉が、すごい怒気を孕んでいたような気がしたけれども、僕は必死で話した。もう、好きになってしまうから、関われないと言えば、流石にフィリも、気持ち悪いとでも、思ってくれるんじゃないかと思った。  それに、学内の新聞にまで載ってしまうフィリなのだ。余計なことは抱え込まない方がいいに違いなかった。  ちらっと様子を窺ったら、フィリはむうっとした顔をしていた。そしてしばらく、それでも手を繋いだまま、歩いていた。  僕の胸はズキズキと痛んだけど、それでもまだ、まだ引き返せるところにいるはずだった。僕は、フィリの言葉を待った。街を抜け、海岸線のほうに近づいていた。  海にはきれいな夕日が沈むところで、空はピンク色とオレンジが混ざり合って、藍色に変わっていくところで、また僕は魔法みたいな景色だ、と思った。  1つ小さな星が輝いたのが見えた。  フィリが、僕のことを振り返って言った。 「ーーーじゃあ、この世界では、俺のこと、好きになってよ」 「え?」 「この世界にいる間は、俺のものにしてもいい?」  どきっとして、僕は一瞬、フィリに見惚れてしまった。  きれいな顔。ちょっと照れて、むっとしたような顔が、本当にそっくりで、ヒューと過ごした日々を思い出しそうになる。どきどきと鳴る自分の心臓を感じて、うっかり、うなづいてしまいそ…う…。だけど僕はハッと目を覚ました。 (ーーーーーーーーん?!)  いやいやいや。これは何も伝わっていないな、と、僕は気がついた。  僕はこの世界の人間ではないのだ。この世界ではフィリを好きになって、はい次〜、のように行くわけはなかった。そんなことをしたくないし、そんなことに、ヒューそっくりな彼を巻きこむわけにいかないし、そんなことをしてしまったら、自分が許せないから、そう言ってるのだ。僕はもう一度説明しようと、口を開こうとしたそのとき。  頭が、ズキッと未だかつてない強烈な痛みを発した。あまりの痛さに、うっと顔をしかめた。  ーーコノセカイニイルアイダハ、オレノモノニシテイイ?ーー  あれ、僕は、あれ、と、混乱して、あまりの痛みにふらついてしまった。そうこうしている間に、フィリは続けた。 「俺も、別にお前と、|こ《・》|こ《・》で添い遂げようなんて思ってないから。軽くていい」 「えと……ごめん、どういうこと?って、軽くって、そんな…僕は恋人もいたことがないから、そんな器用なことできないよ」 「大丈夫。俺もいたことないから」 「え!…へ?!…い、いや、そ、そういう問題じゃ…無理。無理だよ、、」  ズキズキと痛む頭を押さえて、僕は必死に説明した。  せっかくの美しい夕焼けの前だというのに、僕は俯いてしまっていた。痛む頭で、どうにか回避しなくては、と必死に考える。暴言を吐いてもだめ、ちゃんと説明してもだめ、物理的にも逃げられない。どうすれば、どうすれば、と、ぐるぐると同じことばかりが頭に浮かぶ。 (だいたい、そもそも、フィリは僕のことを好きなわけじゃないのに…なんでこんな、口説かれてるみたいな…)  考えこんでいたら、両頬をフィリの手に挟まれて、ぐいっと顔を持ち上げられた。  視界いっぱいに、きれいなフィリの顔。  その顔を見ただけで、どうしたって考えてしまう。どうやったって、目が離せない。目がうるっとしてしまう。 (どうしよう…好き。大好き)  薄い水色のまつ毛に囲まれた、水みたいな透き通った瞳が、じっと僕のことを見つめていて、そのまま、動かなかった。  はじめは、どきっ、としただけだった僕の心臓が、まるで走り出したみたいに、どきどきと慌てて鼓動を刻む。その衝動は、僕の全身を駆け巡って、そしてまた心臓に戻ってきた。  そして、爆弾でも仕掛けられたみたいに、どくんっと心臓が大きくはねた。  全身が、目の前にいる人のことを「好き」みたいに熱くなる。目がとろっと溶けてしまうのがわかる。背筋をしびびと何かが走り抜け、指先から、びりびりと痺れる。  はあっと、何かを期待するような息が漏れそうになって、はっとする。 (違う人違う人違う人…!!) 「じゃあ、どうしてそんな、俺のこと好きみたいな顔してんだよ」 「し、してない!してないから!!」  フィリにまで言われてしまった。僕の顔はきっとトマトみたいにまっ赤になっているだろう。どっどっどっどと、すごい勢いで心臓の音が響いていた。  僕がなんて言おうと考えていると、フィリは、「うーん」と、ちょっと首を傾げてから、思いついたように言った。 「なあ、さっきさ、ドーナツ屋で、あれ、どう思った?」 「え?」  何のことだっけ、と僕が首を傾げていたら、ぎゅっと両手を握られた。  それから引っ張られて、目の前で、きれいな顔がちょっと意地悪そうな顔をした。フィリは、「あいつ、そんなに間違ってなかったよ」と、小さくつぶやいてから、少し屈んで僕の耳元に顔を近づけた。  それから、耳元で妙に艶かしい声でフィリが言った。 「ノアのこと、俺だけのものにして、穢したいよ」  フィリの後ろには、相変わらず、美しい夕焼けが広がっていた。  僕は、あまりの衝撃に、まっ赤になったまま、ふらっとよろけそうになって、フィリに抱きしめられた。それから、笑いながら、「ノアのえっち」と言われた。もしかしたら、僕の心臓はもう、爆発してしまったかもしれなかった。  僕はフィリの肩口で、涙目になりながら、思った。 (……えっちなのは絶対フィリの方だと思う!!!) (…どうしよう…本当に、、どうしよう……)

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