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第42話 ううう
「あ、んん、ふぃり、だめ、だめ」
「どうして」
フィリのきれいな手が、僕の着ていたシャツの下から滑りこんだ。ちょっと低めの体温の手で、お腹を優しくなでられる。好きって言ってしまったのは自分なのに、キスしてしまったのも自分なのに、それなのに、僕は泣きそうになってしまった。
とにかく、一度離れようと思って、起きあがろうとしたら、後ろから、のしかかられてしまったのだ。
さっきから、後ろから首筋の弱いところばかりを、れ、とフィリの舌が這い、ちゅ、と唇を落とされ、僕はぴくぴくと震えてしまっている。腹を撫でてる指先が、少しずつ胸に近づいている気がして、怯えるように、後ろを振り返ったら、ちょっと困ったかんじで、フィリが言った。
「はー。そんな虐めてください、みたいな顔すんな」
「そ、そんな顔してなっ ああんっ」
ちゅ、と、潤んだ目尻に唇を落とされ、ちゅ、ちゅ、と頬を、フィリのきれいな唇が降りていく。僕はうっかり、また、ヒューにされてるみたいに身を委ねてしまって、ハッとする。その時にはもう、唇が重なっていた。
「んっ んん、」
「口、開けてくれないの?」
れ、と、フィリの舌が僕の唇を舐めて、くっつけたまま、上目遣いで、そう尋ねた。
流石に、これ以上流されるわけには行かなくて、僕はあむっと唇を内側にしまいこんで、顔をそらした。少し顔を離したフィリが、ちょっと意地悪そうな顔をして言った。
「だから。逃げられると、意地悪したくなる。いいの?」
そのまま、とにかく腕の中から逃れようと、向きを変えて、手をつこうとしたら、フィリが、「へえ」と、なんかちょっとやらしい感じの声で言った。そして、強い力で、ぐいっと引き寄せられた。ぽすっとフィリの胸に逆戻りだった。
それから、うなじにあむっと甘く噛みつかれて、声を上げてしまった。
「あっっ」
そして、そのまま、熱いフィリの舌が這っていく。れ、と舐められては、息がかかり、ちゅ、と唇と落とされる度に、ひくっと体が震えてしまう。ヒューと慰めあってた時の延長で、キスしたり、体を触ったりしてしまった、えっちな思い出ばかりが思い出された。
体中、まっ赤になってしまいそうで、僕は「やだっ」と言って逃げるけど、フィリの手はびくともしなかった。そして、僕の思考でも読んだかのように、尋ねられた。
「なんか、思い出す?」
「〜〜〜っっ」
「好きな人とも、こういうえっちなこと、した?」
「し、してなっ してないっ」
本当は、途中から野宿のときは、毎回のようにしてたけど、そんなこと、フィリに言えるはずなかった。大体、フィリは、僕に好きな人がいて、どうしてそれでもいいって思えるのか、わからなかった。僕は、ヒューが他の人のことを好きだったら、きっと辛い。
そんなことを、考えていたら、耳に吹きこむように、えっちな声で言われた。
「嘘つき」
それでも僕の体は、僕の頭は、耳元でそう囁いているのが、好きな人の声としか思えなくて、まるでヒューに、そう意地悪を言われてるみたいで、体の芯が熱くなってしまう。
後ろにいるのが、ヒューなんじゃないかって思うと、心臓をぎゅううっと掴まれたみたいになって、口から期待に満ちた吐息がもれてしまいそうになるのだ。
(でも違う。フィリなんだから、僕が嘘ついてるって、知ってるわけないんだから…)
僕は涙目で、抗議の声を上げた。
「な、なんでっ 嘘なんかついてなっ」
「ふうん?だってこんなに触って欲しそうなのに」
ほら、と言って、乳首をキュッとつままれて、「ひあん」と女の子みたいな声をあげてしまった。そのままぐりぐりと刺激されて、ビクッと腰が揺れてしまう。
「ああぅ、ふぃり…や、やめて」
涙を堪えて、後ろを振り返ったら、きれいな顔が視界いっぱいに広がった。
そして、また、唇を奪われる。ぺろっと味見するみたいに舐められた。
フィリの手が胸をいじるのを止めてくれなくて、僕が「あっ」と声をあげてしまったら、熱い舌が中に潜りこんできた。もう閉じることができなくて、そのまま蹂躙される。まるで知っているかのように、優しく、れっと弱いところを舐められて、甘い声が盛れる。
「ふ、うぅんっ」
きれいな両手が僕の頬を包んだ。
生々しい感覚が、口の中を這っていく。舌を絡めて、上に下にねっとり舐められて、溶けてしまいそうで。ヒューの顔で、ヒューの唇で、ヒューみたいにキスされて、僕の目から涙が溢れそうになる。
(こんなこと、ある? 本人だとしか、思えない…)
(あ……気持ちい……好き、好き、…ひゅう…ふぃり…)
うっとりと、フィリの舌づかいを感じて、目を閉じてしまおうと思ったとき、ちょっとえっちな大好きな人の顔があって、その「好きだよ」みたいな甘い視線に、きゅうっと心臓が絞られたみたいな感覚。
(すき…すき…)
体中が、えっちな気持ちでいっぱいで、だんだん、力が抜けていく。じんと痺れたままの頭は、思考を停止して、このまま、この優しい手に、優しい唇に、全てを委ねてしまいたい。好きな人にそっくりなフィリに、触られ、舐められ、意地悪を言われて、どうしたって、体の中心に熱が集まってしまう。この浅ましい体を、この火照りを、僕はどうしたらいいのかわからなくて、ただ、甘い舌に酔っていた。
ちゅ、と音を立てて、離れたフィリに、耳元で言われてしまった。
「腰揺れてる」
「ち、ちがっ あっ や、やだっ」
「やらしー」
「!!!」
自分の浅ましさを指摘されて、僕は、恥ずかしくて恥ずかしくて、まっ赤になった。
それから、キスされてただけなのに、腰を揺らしてしまうほど、気持ちよくなってしまったことに対する羞恥と、キスしていた相手はフィリだったのに、ヒューのことが好きなのにという罪悪感と、ユノさんにあんな想いをさせてしまったのにという自己嫌悪が、一気に、僕の頭の中に流れこんできた。そして、僕は、いろんな感情が合間って、内側から吹き出すように、涙と一緒に外へ、ぶわっと溢れてた。
「ふ、ううう、ううううう、ふぇ」
突然泣き出した僕に、フィリはぎょっとしていた。
サイドボードに置いてあったナプキンと、指で、慌ててぬぐってくれたけど、僕はなかなか涙を止めることができなかった。
(どうして…どうして僕はこんな……最低。最低だ…)
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「…………いい加減、泣きやめよ。せっかく告白されたのに、その後、その相手が泣き続けてるって状況は、結構悲惨だ」
「うう、ご、ごめんフィリ。本当に、ごめん」
「それはなんだ。俺は告白された相手に、すぐ振られてんのか」
「ち、ちがっ 違ううううう ごめんん」
なんて説明していいのか、本当にわからなかった。
ただわかっているのは、僕がどうしても、フィリのことを、ヒューと間違えてしまうほどに、似てると感じていることと、だからってそれはフィリに「好き」だなんて言っていいことではなかったということ。それでもフィリのことも好きになってしまったこと。そして、多分、ユノさんのことも、多分好きなのだ。ヒューに似てるからっていう理由で、色んな人を好きになりまくる僕は、このまま行けば、異世界に行った数だけ、好きな人ができるという、世界を股にかけた浮気野郎になってしまう。
要するに、僕が最低だってこと。しかも、ーーー。
(僕だって、告白してきた人が、その次の瞬間に泣き出したら、絶対引く…最低。最低だ)
僕はいろんな意味で、自分のことを許せる気がしなかった。
ヒューのことも、フィリのことも、ユノさんのことも、全部がぐるぐるして、僕の頭は罪悪感でいっぱいだった。
だと言うのに、フィリは僕のことを胸に抱えて、さっきから、背中をさすってくれているのだ。
(口では悪態ばっかりだけど、手が優しい……ヒューみたい。本当にヒューみたい)
「もう殴って。もう殴ってフィリ。僕はとんだ浮気野郎だ。ううう」
「……随分、純粋な浮気野郎がいたもんだな」
フィリは首に手をやりながら、「困ったな」と言って、続けた。
「俺はこれを、一途に想ってくれてありがとうと思うべきなのか、もうちょっと軽くてもいいだろ、と嘆くべきなのか、どっちなんだ」
「……フィリ?…ごめん、よくわかんなかった。でも、ごめん…」
フィリが「はあ」と、あからさまに不機嫌なため息をついて、僕はビクッと震えてしまった。そしてぎゅっと抱きしめられた。
「いいんだ、ノア。会えたことが嬉しくて、俺が調子に乗っただけだから。ほら、上向いて」
ちゅ、と、優しく唇を落とされて、それでも最低な僕の心臓は、とくっと嬉しそうに跳ねた。
その言い方が、なんだか久しぶりに会えたみたいに聞こえたけど、そんなはずはないのだから、多分、今日、会えたことを喜んでくれてるのだろう。そんなに会えたことを喜んでくれているだなんて、知らなかった。
僕も、今日、フィリと一緒に過ごしていて、すごく楽しかった。それに、すごく、嬉しかった。水族館も、ゴンドラも、あることは知っていたけど、行くことはないかなと思っていたのだ。
宿屋の下で一度行ったけど、もう一度、フィリに伝えたかった。ぐすっと鼻をすすって、それから言った。
「フィリ。今日、すごく楽しかった。ありがとう」
「うん、俺も。ノアと一緒にいられて、すごく幸せだった」
そう言いながら、にこっとフィリが目を細めた。
そのきれいな笑顔は、ヒューのそれと、全く同じで、僕はやっぱり、きゅうっと心臓が「好き」と、叫びをあげていた。今日一日、その笑顔を向けられるたびに、僕は、はわっと夢みているみたいな気持ちになったのだ。
あまりにも楽しくて、他のいろんな場所にも、僕はフィリと一緒に行ってみたいな、とすら感じた。天井が見えないほどの円状の本棚が上まで続く、天空図書館も、海の沖の方にある、自然保護区に指定されている、小さな無人島も。きっと、フィリと行ったら楽しいはずだった。
でも、そこでユノさんとの楽しい思い出を、思い出してしまった。そして、結末をも。
僕は、きゅっとフィリのシャツを掴みながら、言った。
「フィリ。もう一度言うけど僕は、この世界に長くはいられなくて…その、」
「わかってるよ。覚悟しとくから。ずっとめそめそしてても、辛いだろ。ノアのそんな顔ばっかり、見たくない。なんか話せよ」
「なんかって…」
「うーん、ほら、水族館、きれいだったな。俺も、はじめて行った」
ぽつりぽつりと、フィリはこの世界のこととか、学院のこととか、静かに色んな話をしてくれた。僕のことを抱きしめる腕は、緩めてくれなくて、そのまま、くっつきながら、話してたけど、だんだん、僕も少し落ち着いてきた。
覚悟しとく、とか、悲しいことを言わせてしまったのに、フィリの優しさが、染み入るようで。糾弾するわけでもなく、悲しんでいるわけでもなく、何か僕に期待している様子でもないのだ。どうしてフィリが、そんな風に思えるのかは、僕はよくわからなかった。
僕はそのあたたかさに、結局守られているのだと、思った。それはヒューみたいで、それから、ユノさんみたいだった。
(優しい……フィリも、すごく優しい…)
それから、「泊まってっていい?」と聞かれて、固まってしまった僕に、「なんもしねーよ」と、「ノアやらしー」と、またさっきと同じことを言われて、恥ずかしくて死にそうだった。
それから、ちょっと、不貞腐れたような顔のフィリが続けて言った言葉に、なんかもう、胸を撃ち抜かれたみたいな衝撃を受けた。
「ちょっと、離れがたくて。一緒にいたいだけだから」
どきどきして、まっ赤になった僕は、胸の前にまわっていたフィリの腕を、きゅっと指先で握りしめた。どうしても、好きだと思ってしまう気持ちが止められなかった。何も言えずにどきどきしていたら、その後、耳元で言われてしまった。
「別に、一緒にいるだけじゃなくても全然いいけど」
「ふぃ、ふぃりっ」
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