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eat around -3-

東京スカイツリーがあるのは下町情緒溢れる押上という町だ。徒歩二十分ほどでさらにその色を濃くした浅草へと辿り着く。  ソラマチの中には水族館やプラネタリウムもあるのだが、せっかくなら下町だけを存分に味わおうということになった。  目の前には巨大な赤提灯がぶら下がり、厳つい容貌の風神と雷神がこちらを睨み付ける雷門。その先は左右に店が立ち並ぶ仲見世通り。真っ直ぐに進めば浅草寺本堂だ。  海外からの観光客も多く、寺院ということもあり年配者も多数訪れる一方で、都内に居を構えるとなかなか足が向かわない場所でもある。  機会があれば、とは思うが信心深くない二人は初詣等も自宅付近の神社で済ませてしまうタイプのため、共に幼い頃に何度か家族と来たことがある程度だった。 「こいつらもっとデカかったような気がするんですけど」 「小さい頃に見たからでかく見えたんだろうなぁ」  表情が怖くてビクビクしていた記憶を思い出したが、そんなことを言ったら最後、からかわれるのだろうと思い黙っていると、葛城が似たようなことを言い出して笑う。子供には少々睨みがきつく見えるものだ。  記憶にあるよりも少ない人通りの中、左右にある店を眺めながらゆっくりと歩いていく。屋外であることや店構えもあると思うが、商業施設内を歩いていたときよりも時間がゆっくり流れているような気がする。  銘菓や提灯、キーホルダーなどの土産物からキャラクターグッズや履物から帯や着物と様々なものが取り扱われている様は非常におもしろい。統一感がなさそうでいて、何故かしっくりくるのは下町ならではの雰囲気のせいだろうか。  ここでも葛城はやたらと食べ物に詳しかった。人形焼はこの店が人気らしいやら、煎餅ならここだとかと言っていたが、神谷がいの一番に反応したのは芋ようかんだった。  本店を浅草に構える老舗で、甘味をおさえ素材の良さを味わえる芋ようかんは絶品。他にもあんこ玉やたくさんの和菓子が楽しめる。難点を言うのならば、保存料不使用故に日持ちがしないことだろうが、それこそが美味しさの秘訣と言えよう。 「な、何個入りにするべきだろう……」 「これ焼いて食ってもうまいんですよね」 「そのままと焼く用と……」 「食べ切れる個数にしてくださいよ。あと俺はそんなに量は食えませんから」 「えっ」 「心底心外みたいな顔するのやめてください」  不定期に最寄り駅構内コンコースに期間限定出店する度、期間中は購入出来る時間帯に帰りたくなるし、可能な限り毎日買って毎日食べるほど好きな神谷としては理解が出来ないのだろう。食べやすく美味しいと思うが好物とまでは言えない葛城にとってはむしろ神谷の方が理解出来ないし、自分は普通だと思う。  結論を出せずに唸る神谷を放って葛城は五本詰めを二箱購入し、もう少し買うべきだったのではないか、と愚痴る口に先程購入済みだった人形焼をひとつ放り込み黙らせた。 「他にも買わなきゃもったいないでしょ」  まるで子供をあやすような態度に不満を浮かべるも、反論出来ずに咀嚼すればなるほど美味しいと頬が緩む。  浅草ならばちょっと出かけてきた、とネタにしても構わないだろうと可愛らしいネームキーホルダーや渋い寝付けから同僚たちの名前を探しては買うか買うまいかで笑い合い、どうせ買うなら、と縁起担ぎでダルマはどうとか招き猫にしようとか、あらゆる店を冷やかし歩いた。  仲見世も終わりに近付き、再び神谷のテンションが上がる。遠い記憶で食べた揚げまんじゅうの店が最後の最後にあった。 「絶対にここだ、間違いない」  現在、仲見世通りは食べ歩きが禁止されている区域であるため、あれこれと購入しているものの、神谷を黙らせるために放り投げた人形焼以外は二人とも口にしていない。揚げまんじゅうは熱々を食べてこそだ、と思う神谷としては一先ず記憶の中の店を見つけて購入してからでなければ休憩など出来なかった。 「俺、揚げまんじゅうは初めてかも」 「えっ」 「だから心外そうな顔はやめてください」  またしてもどの餡にするか迷っていると、うまいもんは冷めてもうまいから今日中に食べられるなら何個か買ってもいいのではないか、と言われて素直に従い、それぞれ違う変わり種餡のものを三つと、葛城用にこしあんを一つ購入すると苦笑されたが気にしないことにした。  参拝はあとですることにして、ベンチを見つけ昼食以来の休憩に、思っていたより歩き回っていたことを感じる。座った途端に、ふぅ、と声が出たのだ。 「年寄りくさ」 「うるさいな」  早速、熱々の揚げまんじゅうにかぶりつくと、外はサクサク中身はアツアツ、甘すぎない餡がほっこり気分にさせてくれる。 「はあああ……お茶が飲みたくなるな。点てた抹茶の方な」 「言ってる意味はわかるけど、点てた抹茶なんて飲んだことあるんですか」 「え、普通あるだろ」 「……はあああ……これだから坊ちゃんは……」 「ないのか? 普通はないのか?」  祖母がお茶好きとあってマナーと共にお茶会を楽しむ機会が当たり前のようにあったような割と裕福かつ親戚付き合いも多い家庭だった神谷と、ごく一般的なありふれた核家族化したサラリーマン家庭で育った葛城にはこういった違いが頻繁にある。  出会ったばかりの頃は違いが溝でしかなかったが、今ではコミュニケーションの手段に変わったことに安心しつつも、バカにされているのは変わらないことに神谷は気付いているようで気付いていない。 「ちょっと行ったとこに抹茶の美味しい店あるらしいから、参拝したあと寄ってみますか」  何故なら悪態をついたあとに必ずフォローが入るからだ。神谷から見た葛城はどうしたってかわいい部下であることもプラスされたら仕方ないのだろう。  参拝も済ませ美味しい抹茶も堪能した頃には空が暗くなっていた。日が落ちるのも早くなり、秋らしさを感じる。 「今日は本当にありがとうな。おかげで楽しい一日になったよ」  夕食は贅沢に有名店のすき焼きにしようか、どぜうなべや柳川なべも食べたいなどと話しながら今日を振り返り言うと、葛城は意地悪気な笑顔を浮かべた。 「なんで締めに入ってんの?」 「いや、まだ腹減ってないから夕飯食べれなさそうだなって話したばかりだろう」 「で? だから帰るって?」 「そういう意味で言ったわけでは……」  お礼を伝えただけで責められるような言い方をされる理由がわからずにいると葛城はさらに笑みを深める。 「旅行、行きますよって言ったでしょ」 「う、うん?」 「今日は旅行なんですよ」 「そうだな……?」 「日帰り、なんて言ってないけど?」 「……は?」  理解が追いつかずにぽかんとしている様子に葛城が喉の奥で笑った。どこまでも失礼なやつだと思う。 「俺も調べるまで浅草に旅館があるとは思ってなかったんですけどね」  芋ようかんを二箱買ったのも、勝手に明日も休みだから神谷の家に二人で帰ってから焼いてくれるのだろうと思い込んでいた。 「俺と一緒に旅行がしたかったんでしょ」  覗き込んでくる表情はどこか色気のあるもので、心臓が跳ねる。 「あ、でもギリギリで予約だったのと、あんたどうせ食べ歩いてまともに夕飯なんて食えないだろうなって思ってたから、朝食しかついてないんですよね」  さらっといつもの顔に戻って手に提げたままの荷物を示しながら、つまみはあるから酒だけ買って行きましょうと歩き出してしまう。  今日はとことん振り回される日のようだ。 「葛城」  ならばとことん甘えてやろう。 「うれしいよ、ありがとう」  照れたような拗ねたような声でどーも、と聞こえたことに満足して神谷も後に続いた。

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