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第三章・6
「これ。これが欲しいんです」
そう言って杏が見せた家電のカタログには、35,800円のホームベーカリーが載っている。
「こっちには、6,980円の品があるが?」
「北條さんがそれでいい、っておっしゃるなら、それにします」
でも高価な品だと、いろんなパンが焼けるのだ、と杏は目を輝かせる。
「それだけじゃないんです。焼き加減も、三段階で選べるんです!」
「ずいぶん熱く語るなぁ」
これは降参だ、と真は笑顔を作った。
「いいよ。この逸品を買おう」
「ありがとうございます!」
ソファには、密着して杏が腰かけている。
嫌でも体のあちこちが触り、真はふと思いついた。
「じゃあ、ご褒美に。キスしてもらえるかな?」
「え!?」
「35,800円のホームベーカリーを買うんだから、お礼が欲しい」
「……」
どうしよう。
キスなんか、自分からやったことがない。
(でも、口と口をくっつければいいんだよね)
目を閉じ、杏はそろそろと真に顔を近づけた。
そっと、柔らかな唇に触れた。
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