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第五章・4

 時々忘れそうになるが、この子は。 (杏くんは、何もかもが初めてなんだ。恋愛に関しては)  まっさらの、初めて全てを私に捧げ続けてきたんだ。 「すまない。実は私は、恋人を作ったことが無いんだ」 「え……?」 「人に縛られるのが嫌でね。だから、詩央くんと恋人になったわけじゃない」 「そんなの、薄情です」  うん、と真は杏の手を握った。  両手で、彼の白い手を包み込んだ。 「私が杏くんと恋人になるのなら、まずどうしなければならない?」 「……エッチ、ですか?」 「いいのか!?」 「ダメです!」  こほん、とわざとらしく咳をし、真は仕切り直した。 「まず、杏くん。君は私を何と呼んでいる?」 「北條さん、です」 「恋人に『北條さん』は、ないだろう」  真さん、と呼んでくれ。  そう言って、真は杏の手を差し上げて指にキスをした。 「私も君のことを『杏』と呼ぶよ」 「北條さん……、いえ、真さん」 「そう。それでいい」  にっこり笑って、真は杏の髪を撫でた。

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