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第六章・6
「杏の奴、驚いてくれるかな?」
おしゃれに心を配っていたのは、杏だけではない。
やたらと早くマンションを出た真もまた、全身を磨き上げていた。
エステに行き、ヘアーサロンへ行き。
ブティックへ行き、コロンを纏った。
杏の作る栄養満点の朝食を食べたので空腹ではなかったが、軽く昼食を摂った。
「デート中に、腹が鳴ったら困るからな」
一人でニヤけながらカフェでコーヒーを飲んでいると、声を掛けられた。
「よぉ、北條じゃねえか」
「遠田(えんだ)さん」
「やけにめかし込みやがって。このコマシ野郎が」
「勘弁してくださいよ」
遠田は、登流会傘下の組の極道だ。
真が店長を務めるボーイズ・バーのオーナーでもある。
人間を粗末に扱うので、あまり下からの評判は良くない。
時折彼の子分が店に現れ、愚痴をこぼしていくこともあった。
そんな遠田が、真の席の真向かいに掛けた。
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