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第八章・2

 シャワーを使い、バスタブに身を沈める。 「長風呂がすっかり習慣になってしまったな」  杏が、言うのだ。  湯船につからないと、疲れが取れない、と。  ふう、と息を付き、その世話焼きな少年を考える。 「杏は、こうしてバスタブで私を想ってくれるだろうか」  そして。 「恐怖に駆られないと、いいが」  先だって、無理にベッドに連れ込むような真似をした。  あの時彼は、目を真っ赤に泣きはらしていたのだ。  今日は、せっかく楽しいデートを共に過ごした。  それらを全て台無しにしてまで、杏の体を我が物にしたい、とは思わない。 「それは、ちゃんと伝えておいた方がいいな」  そう結論付けて、真はバスから出た。 「あれ? もう上がったんですか!?」  バスローブを纏った真を出迎えたのは、そんな言葉だった。 「ちゃんと体も髪も洗ったぞ」 「少し早すぎますよ? お風呂に浸かって100まで数えましたか?」  参ったな、と苦笑いしながら、真はフリッジからワインを出した。 「杏も、入ってくるといい。私は一杯やるから」 「はい」 「あ、それから」  今夜は、無理に君を抱くつもりはないから。 「だから、ちゃんとお風呂でくつろいでくれ」  少し、ほっとしたような杏の顔。  そんな彼に、真はグラスを掲げて見せた。

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