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第九章・8

「真さん、ごめんなさい……」 「いいから。少し冷たいけど、我慢だぞ」  脱力して動けない杏の体を、真はウェットティッシュできれいに拭き清めた。  今度は僕が、と起きようとする彼を大人しく寝かせ、自分の始末をした。 「さ、今度はちゃんと眠ろうか」 「真さん」 「何だ?」 「僕の初めてをもらってくれて、ありがとうございます」 「御礼なら、私の方だな。初めてをくれて、ありがとう」  すごく、素敵だったよ。  真は、そう杏に声をかけてキスをした。  杏は、このホテルから見た夜景を思い出していた。  無数の、光。  その一つひとつに結ばれる、人の絆。営み。  そんな彼らの幸せを、望んではみたが。 (この僕が、世界で一番幸せかもしれない)  温かな、キス。  愛する人との、熱いひととき。 「真さん」 「ん?」 (愛してます) 「……いえ、何でもありません」 「ふふっ。おかしな子だな」 「おやすみなさい」 「ああ、おやすみ」  杏の恋を、一気に愛まで燃え上がらせた一夜だった。

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