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第十三章・5

 その真が、杏の隣にいない。  詩央は不思議に感じて、訊ねてみた。  しかし杏から返って来たのは、不穏な言葉だった。 「詩央さん、『遠田さん』って知ってますか?」 「え!?」  詩央は、耳を疑った。  もう二度と会いたくない、名前すら聞きたくない男だ。 「杏くん、どうしてその人を……?」 「真さんが、その遠田さんが今夜来るとかで、困ってるみたいなんです」  休憩室は、とたんにざわついた。 「え!? 遠田さん、来るの!?」 「うわぁ、最悪」 「せっかくこの日のために準備してきたのに、台無しじゃん!」  杏は、周囲の様子から察した。  どうやら遠田さんとやらは、嫌われているらしい。 「杏くん。以前具合を悪くした僕が、北條さんのマンションでお世話になったことがあったよね?」 「はい。あの時は、大変でしたね」 「その元凶が、遠田さんなんだよ」 「えっ!」  それなら、杏にとっても忌むべき存在だ。  あの時の苦しそうな、可哀想な詩央の姿は、目に、心に焼き付いていた。

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