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第十八章 悩めるバレンタインデー

 え、と杏は思わず声を上げていた。 「お食事、2月14日なんですか!?」 「その日しか、予約が取れなくてね。何か、他に予定がある?」  予定も何も。  その日は、バレンタインデーだ。  杏は、真のためにディナーを準備し、ガナッシュケーキを作る心づもりでいたのだ。  そのことを伝えても、三村は涼しい顔だ。 「食事はランチだから。その後からでも、充分間に合うんじゃないのかな?」 「そうでしょうか……」 「そうだよ」  押しの強い三村の言葉に、杏はつい挫けた。 (前の日に準備をしておいて、当日は急いで帰れば間に合うかな)  何と言っても、憧れの料亭の食事だ。  少し無理をしてでも、体験したいと杏は考えた。 (そして、それが真さんのためになれば)  こんな風に、真・第一の杏だ。  しかし三村はもちろん、杏を早く帰そうなどと考えてはいなかった。 (飲み物に媚薬を仕込んで、ふらふらになったところを部屋に連れて行って……)  月雁の店舗は、高級ホテルに入っているのだ。  部屋までしっかり予約している、三村だ。 「楽しみだなぁ、食事会」 「楽しみですね」  二人の楽しみのベクトルは、真逆の方向を向いていた。

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