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第ニ十章・7
「ごめんなさい、真さん。せっかくのバレンタインデーなのに」
「ホテルの一流レストランで食事しながら、そんな言葉が吐けるのは、杏だけだな」
本来なら、手料理で真をもてなすつもりだった、杏だ。
せっかくのお手製ガナッシュケーキも、未完成のまま冷蔵庫に眠っている。
「ガナッシュは、明日完成品を食べさせてくれ。楽しみだよ」
「はい!」
食事をするにつれ、杏の気分は上がっていった。
デザートを食べ終わるころには、元の明るい杏に戻っていた。
「さて。ここで、こいつの出番だ」
真は、先ほど買い求めた指輪を出した。
ベルベットの小さなボックスから取り出し、杏の手を取った。
「緊張するなぁ」
震える唇で、真は最愛の人に思いを告げた。
「結婚してくれ、杏。私の、生涯のパートナーになって欲しい」
「真さん」
「私は、君をうまく愛せているかな。君は私を、愛してくれているのかな」
「僕。僕、真さんが好きです。大好きです」
そして。
「愛してます、真さん……」
その言葉に、真は心からの笑顔と指輪を、杏に贈った。
「よく、似合うよ」
「ありがとうございます。嬉しい、です……」
夜景の光が展望レストランからまばゆく見えていたが、婚約指輪ほどの輝きはなかった。
杏の嬉し涙ほどのきらめきは、なかった。
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