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護りたい大切な人
慎さんは俺の大切な人。
きっと慎さんも俺のことをちゃんと好きでいてくれる。
恋人みたいな曖昧な関係じゃない。
壊れやすい関係じゃない。
それは絶対に解けない糸のような関係。
慎さんは高校生というのに一人暮らしをしている。別に大したことはないという感じで暮らしているから凄い。家事能力含め俺には到底及ばない。
「慎さん、やっぱりうちに来て欲しいっス。特に飯は慎さんに作って欲しいっス。母さんいない時の大惨事は…。」
大雑把な俺はカップラーメンも作れない。正確には3分測り忘れ放置してしまう。気づいた時には麺が伸び切ってしまったまずいカップラーメンの出来上がりだ。
「もう少し自分でなんとか出来る様になった方がいいよ。」
それは分かってるけど。
あーだこーだ言いながら、うまい飯を食う。
これを日常的に食べていたあいつは敵だ。
「それじゃあ、学校行こうか。」
「行けるんスか?」
「行ける行けないの問題じゃないでしょ。病気でもないのに行かない理由なんてないよ。」
俺は知っている。
昨日の夜。
慎さんが枕を濡らしながら寝ていたことを。
ベッドの上で縮こまりながら、声を押し殺して泣いていたことを。
全ての元凶がトオルという男であることも。
「相変わらず真面目っスね。」
「そんなこと…ないよ。」
俺から見たら十分真面目だ。
放課後。
慎さんを迎えに教室に向かった。ドアの隙間から慎さんが悲しげにあの男の机を見ているのに気づいた。ドアノブにかけていた手を静かに下ろす。
ここで中に入っても、慎さんが気を使うだけかも…。でもあんな目をした慎さんを放っておくほうが俺には無理だ。
「慎さん。何してるんスか?」
「ケンタ…。ううん、なんでもない。帰ろうか。」
なんであの男は慎さんを泣かせるんだ。
なんで、なんで。
こんなに健気に頑張ってるのに。
見向きもしない。
それなら俺が慎さんを…。
廊下を通る時、あの男が目の前に現れた。俺らは無言でその横を通り過ぎる…つもりだった。それは、男によって憚れた。
「な、に…?」
慎さんは戸惑いの顔で握られた手を見つめる。俺は男が何かを発する前にその手を引き剥がし、慎さんを後ろに隠した。
「なんなんすか。慎さんになんかようっすか。」
「お前には関係ない。」
「関係なくないっすよ。慎さんは俺の大事な人っす。そんな人を敢えてあんたみたいな平気で傷つける男に渡すわけないでしょ。」
もう、この男に慎さんは渡さない。悲しそうに笑う慎さんなんて俺は見たくないんだ。
「お前に要はない。邪魔だ。」
「…だから!渡さないって言ってるんすよ。何様っすか、あんた。全て自分の思い通りに行くとでも思ってんすか。それだったら大間違いっすよ。」
徐々に目の前の男の顔つきが強張っていく。鋭い目つきで睨まれようと引くわけには行かないんだ。
「それは俺のモノだ。お前の許可など必要ない。」
「モノ?ふざけんなよ。慎さんはあんたのモノなんかじゃない。それに、あんたはあの女々しい男が好きなんすよね。俺、見たっすよ。あんたが大層愛しそうな目で、慎さんじゃない違う男と歩いてるところ。」
「違う。あいつは…。」
「違うも何も、そうなんだよ!そう見えたんだ。それを見て、悲しそうな顔する慎さんを俺はもう何十回も見てきたんだよ。あんたなんかに、分かるかよ!」
声を荒げた俺の腕を誰かが引っ張った。後ろを振り返ると、慎さんがやっぱり悲しそうな顔で見ていた。
「ケンタ。もういい、やめて。」
「慎さん…。ごめん、でも、やっぱり俺は言ってやりたいよ。」
「ケンタ?」
「俺は、俺は慎さんが幸せになれたら良かったんだ。嬉しそうに笑ってくれてたら俺も満足だったんだ。なのに、慎さんはいつもまゆにシワ寄せてる。辛そうに顔を歪ませてる。視線の先にはいつもあんたがいたよ。でも、でも、あんたのそばに居る慎さんはやっぱり幸せそうで。だから、だから、俺は俺は、あんたが慎さんの誕生日すら知らないって知った時絶望したよ。」
「ケンタ!やめろ、言わなくていいこと、だろ?」
「ごめん、慎さん。…慎さんの誕生日、あんたに教えた日は本当の誕生日じゃないっすよ。その2日前が慎さんの誕生日だったんす。俺はその日に何があったかは知らないっすけど、きっとあんたはその日、慎さんを祝わずに例の男のところに行ったんでしょうね。」
ほら、図星だ。
何か思い当たったんだ。
そんな顔してる。
「いいんだ。言わなかった僕にも非があるし。気にしなくていいよ。それに僕らは最初から何もなかったんだから。ただのセフレに気を使う必要なんてないよ。」
慎さん…。
「ケンタ、行くよ。」
光を失った瞳のまま慎さんは笑ってそう言った。慎さんはもう、諦めていたのか。
慎さんについて行く前にチラリと見た男の顔。
それが、酷く、そう酷く歪んでいたことに俺は知らないフリをした。
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