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愚かな男の決意

このBARの二階は滅多に人が上がってこない。 それはチームのトップであるきよの寛ぎの場であるから。平気でそこにいれるのは恋人のわたるくらいだ。 そんな場にいつもなら近寄ることすらしないトオルが現れる。 ソファにきよとわたるが抱きしめ合ってるなか、平然とその場に立つ。わたるは慌ててきよから離れる。恥ずかしいのか、きよとの行為を誤魔化そうとするためか。 「なんだ、珍しい。」 「チームを抜ける。」 「そうか。好きにすればいい。」 「えっ、きよなんで!」 「ここは強制的にいさせるような場所じゃねぇ。」 ただの不良の集まりでしかない。自然と人が集まり、自然と消えていく定め。きよにとってトオルがいなくなるのも丁度いい。振り返ることなくトオルは出て行こうとした。しかし、わたるがそれを止める。 「トオル、やだ。なんで?俺達仲間じゃん。」 「大事なものが出来た。」 「えっ…。俺…たち以外の?」 「ああ。」 「まさか、あいつじゃないよね!この前俺を突き飛ばした子。あんな奴の為に抜けるなんて言わないよね?」 「あいつは…、俺が傷つけた。今更遅いかもしれない。だが、謝りたい。」 「それだけならチームを抜ける必要なんてない。」 「もう、あいつに誤解してほしくない。チームに残れば、少なからず不安要素にはなる。」 「…そんな理由で。」 護りたい。 泣かせたくない。 全て自分色で染めたい。 あの男には渡したくない。 自分以外の香りをつけた慎を許すことができない。 それは、間違いなくただの嫉妬。ただ自分に嫉妬という感情を表に出すことは許されない。自分を愛していると精一杯示してくれた慎を、突き放したのだから。 わたるを優先した。 数え切れないほど傷つけた。 どこかで知っていたはずなのに。 慎に惹かれていたことを。 慎を大事にしたいと考えていたことを。 わたるより慎のことを想っていたことを。 だが、わたるを愛していたことに酔いしれていた自分は、認めることは出来なかった。 もう、これ以上ないほどに愛し、今後わたる以上に愛する人はいないと思っていたのに、あっさりと見つけた。見つけてしまった自分はなんて愚かで薄っぺらい愛を呟いていたのだろうか。 でも、もうダメなのだ。 自分に酔いしれている場合ではない。 本気にならない方が幸せだとそんなことを考えている暇などない。 「俺はあいつを愛してしまった。諦めることはできない。」 「なんで?この前まで俺を好きだったくせに。それに、これから俺はどうすればいいの?狙われてるんだよ。もし、何かあったとき誰が助けてくれるの。俺を、俺を!」 「俺じゃなくても護ってくれる奴はいる。そもそもきよが護るべきだった。俺なんかに頼るんじゃなくてな。」 「そんなっ…。でも、だって…。」 「わたる!いい加減にしろ。」 「きよ…。」 「お前のそんな貪欲な所が好きだが、それももうしめぇだ。俺はな、トオル。お前からわたるを奪ったことに後悔はしなかった。だがな、悪いとは思ってた。だから送り迎えを許した。わたるとの接触の一切を断ち切れば、お前が壊れると分かっていたからだ。ただ、それももう必要ねぇんだったら、好きにすればいい。俺は止めねぇよ。行くのも戻ってくるのも、お前次第だ。」 「恩に着る。」 トオルはその足で溜まり場から立ち去る。わたるはそれでもなお、止めようとしたが、トオルはそれに振り返ることはなかった。

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