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嘘つきの彼

家を去り、ついでに学校も去った。 今は隣県にある私立の学校に通っている。 友人も増えて、徐々に傷も癒えてきた。 と、いっても1人でいるとどうしても思い出してしまうのだけど。 「慎さーん!」 ぶんぶんと手を振って現れたのはケンタだ。前の学校で唯一連絡を取り合っているのはケンタくらいだ。相変わらずのその陽気な笑みはホッとする。 「新しい学校どうっすか?虐められてないっすか?変な男に言い寄られてないっすか?」 「虐められてもないし、言い寄られてもない。そもそも僕に言い寄ってくる男なんてそうそういないよ。」 「そうっすかね?慎さんは線は細いし肌も白いし、美人だし、何より優しいじゃないっすか。」 「煽ても何も出てこないよ。ほらっ、行くよ。」 「むー。まぁいいっす。今日はデートっすからね。」 それからケンタとはカラオケやゲームセンターに行き、遊びに遊んだ。 夕飯の時間になると、近くのファミレスへと入った。 「いやー、遊びましたねー。」 確かに、これまでかと言うほど遊んだ。友人はできたが、そこそこの仲で、ここまで遊ぶことはしなかった。久々に大声で笑った気もする。 「気、晴れました?」 「うん、ありがとう。」 「…慎さん。まだ忘れられないっすか。」 誰をなんて聞かなくても分かる。 彼は今何をしてるだろう。 今まで通り…だろうな。 「逢いたいっすか?」 「逢いたくないよ。」 「え…。」 「もう、諦めたから。」 「そう…っすか。分かりました。」 ケンタがなんでそんな話をしたか分からない。ただ、俺を思ってのことだと言うことは、理解できた。 「慎さん、すみません!ちょっと便所行ってきます!!」 テケテケと去っていくケンタ。 気を、つかわせてしまった。 あの子はいつも僕を想ってくれる。 あの子はあの子で、本来持たなくていいはずの責任を背負っている。 その責任感をいいように使って利用している僕は最低だ。 「すみません!もう飯きてるっすね。…慎さん?」 「ごめん、ケンタ…。」 「俺は大丈夫っすよ。俺がそばにいるのは、慎さんのことが大大だーい好きだからっすよ。」 「そう…。そっか。」 「はい!」 にっぱり笑顔で答えてくれて、ほっと息をつく。目の前に置かれた飯を食い、今日を噛み締めた。 「ケンタ…、いいのに。」 「いえいえ、今日は1日付き合ってくれたお礼っす。先に店出てて下さい。」 ケンタが金を払うと頑固に言い張るので、仕方なく外に出る。 申し訳ないことをした。 ケンタの方が年下なのに…。 まぁ、また今度奢ればいいか。 外の空気を吸い、壁に寄っかかる。ふと、誰かの靴が目に入り、目線を上げた。見覚えのある顔が目の前にあった。大好きだったその人だ。はっとして、その場を立ち去ろうとした。けれど、腕を強く掴まれた。 「離して、離して…。」 「…。」 「何か僕に用があるの?ああ、この前、あの子を傷つけたお礼か。いいよ、殴って。別に構わない。」 「違う!」 「え…。」 そんな声を張った彼は初めて見た。 何か、あったのだろうか。 「すまない、大声を出した。」 「いや、別に…。それより、本当に何か用なの?ごめんけど、手短にして欲しいんだ。ケンタも待ってるから。」 「もう、もう、あれと付き合ったのか…。」 「え?」 「あの男と付き合っているのか。」 「ケンタと…?付き合ってないよ。付き合える筈がない。」 「なら、なぜ…消えた。」 そんなの、当たり前じゃないか。 理由なんて一つしかないじゃないか。 「僕は、トオル君に振られたんだ。もう、顔なんて合わせられる筈ないじゃないか。なんだ、セフレがいなくなって都合がいい奴がいなくなって困ったの?なら、他を探してよ。僕にもう、関わらないで。せっかく忘れようとしてるんだ。せっかく、せっかく、無かったことにしてるんだ。忘れたい、もう消したい、傷付きたくない。痛いのも辛いのももう嫌だ。誰かに愛して欲しい…。」 父も母も新しい相手を作って出て行った。 誰も愛してはくれなかった。 初めて好きになった相手も初めて付き合った相手も、結局僕を愛さなかった。 辛い。 悲しい。 辛い。 「好きだ!」 「へ…?」 「愛している。」 ふわりと回ってきた両腕が俺を包む。 温かな体温。 はっとして、突き放そうと暴れる。 「うそだ…。嘘だ嘘だ嘘だ!!」 「お前を傷つけた。疑われるのも仕方がない。拒否されるのも覚悟の上だった。だが、もう、諦めることは出来ない。」 「嘘だ!!トオル君はあの子を愛してた。」 「否定しない。確かに愛していた。それでお前を傷つけた。」 「ならなんで!なんで!こんな残酷な嘘をつくんだよ!」 「俺は、もう諦めたくないからだ。わたるは諦められた。だが、お前のことは諦められない。」 「うそだ、あんまりだ。そんなの、調子が良すぎるだろ!愛してるって言うんなら、なんで…、なんで…。」 溢れる涙が止まらない。 訳がわからないくらい泣き叫んだ。 嘘だ嘘だと告げながら。 それでも彼は僕を離すことはしなかった。 泣き疲れて、ぷつりと張り詰めていた糸が切れたのか、僕は彼に抱きしめられたまま意識を手放した。

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