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第8話 日常に近づく

この広大な敷地の中には、墓地がある。 洋風の墓石がいくつか並べられた一角には、すぐ側に、小さな教会のような離れがあった。 鍵は閉まっておらず、中は開いている。 ここはどうやら1人用の家になっている。 中は、あの屋敷のヨーロピアン風な室内装飾の光景とは違う、極普通の家具とインテリアの標準的な居住スペースとなっていた。 ハンガーにかけられている服から察するに、あの執事の住まいらしい。 キッチンのテーブルの上に、紅茶カップに入った飲み物が置かれている。 テーブルの上の、ソーサーの上の、紅茶が入ったカップ。 持っている何かを紅茶の中に入れよう。 ポケットを探る。 薬瓶の中身を紅茶に混ぜいれた。 ぐるりと部屋を見渡したが、特別室内におかしなものはなかった。 その時だ。 「おやおや、招かれざる客ですね」 執事だった。 ドアを開け、普通に帰宅して来た。 執事は靴を脱ぎながらニヤニヤと笑う。 静かにこちらまで詰め寄ってきた。 と思った瞬間、気付いたらあっという間に 目の前に執事の顔があり、僕は心臓が飛び出るかと思った。 瞬間移動のように近寄った執事に 強引に肩を引き寄せられる。 僕の左手を掴み、手の甲に自分の唇を押し当てた。 「抱かれたい?」 と僕に囁いた。 蛇に睨まれた蛙のように僕はどうしていいか固まる。 何もこの場を逃れる手段が思い付かない。 僕はそのまま催眠術にかけられたように安堂に吸い寄せられ ベッドの上に転がされてしまった。 安堂はニッと笑い、そのまま僕を組み敷き、自分のネクタイを緩めた。 「私にも、そろそろ専用の玩具が用意されてもいいかもしれませんね………」 勝ち誇ったように安堂は嗤う。 僕にのし掛かりながら。 だめだ。僕は我に帰り、安堂の脇をすり抜ける。 「すみません!勝手に入ってしまい」 ベッドから飛び退き、立ち上がると僕は深々と腰を折って頭を下げた。 安堂は拍子抜けたようにネクタイを緩めたまま、こちらを振り向く。 「勝手にお部屋も抜け出しましたよね。あなたのために用意された部屋なのですよ」 「はい……座ってお話をしませんか?」 僕は自分から、四人掛けテーブルの向こう側に座った。 執事も呆れたように薄ら笑いを浮かべながら、僕につられてテーブルに座る。 「やれやれ」 片手で紅茶のカップを取り飲み干した。 「………!?」 執事はいきなり喉を抑えると、倒れ込み、痙攣し、ピクリとも動かなくなった。 触ってみると心臓が止まっている。  僕は執事の家を出た。 外に出るとそこには恵人がいた。 相変わらず手にはナイフを携えている。 僕は身構えた。 「帰りたいんだろ?送ってやるよ」 恵人は片手で車の鍵をチラつかせた。 「怯えるなよ。オマエをここまで連れて来たのは俺なんだから、俺がオマエを送り届けるよ」 静かに恵人は言い放った。 「だから、あれほど俺についてくるなと言ったのにな」 チッと舌打つ恵人。 !? もしかして恵人と知人だったのか?僕は。 車内に乗り込むと、恵人はハンドルを切りながら口を開いた。 「ある日突然、親父は親父じゃない何かに変わった。 母親は狂わされ、殺されてしまった。 それを見た子供だった兄も、正気を失ってしまった。 俺は生き延びるため、おかしくなった家族に合わせて付き合いながらも、何とか家を出て、東京の大学に進学してやったんだ。 おぞましい日々だった……。 何もかもが狂った。 めちゃくちゃに組み合わされたパズルのような日々だった。 俺の心はいつしか凍りついた。 いつか俺も簡単に殺されてしまうのかもしれない。 毎夜、ナイフを握りしめて眠ったよ。 あの家ではオマエがどんな目に遭うかもわかっていた。なぶられ、無駄に苦しみ続けられる位ならいっそ、息の根を俺の手で止めようとさえ考えた。 家から急に呼び出されて、そんな時に大学の後輩のオマエがうちについてくるっていうから………俺は………」 それきり険しい顔で前を見て口をつぐんでしまった。 車が走っている内に朝方になった。 町に出られて、駅まで辿り着く。 無人だしまだ電車も走っていない。 「恵人は、降りないのか?」 振り返ると恵人は車内に残ったままだ。 「俺は戻る。あの家の人間だからな。ほら、電車賃」 千円札を数枚、押し付けるように僕に渡す。 「さよなら、ひろき」 そう言ってエンジンをかけ直そうとする。 僕は…… ⬜︎分岐⬜︎ *恵人を強引に引っ張り出す・・・このまま下にスクロールしてください↓ *恵人にキスをする・・・次の話に進んで下さい。 「帰ろう!東京へ。 一緒に! 何としても。 このまま車も捨てていけ。 全部、捨てていけ。 僕が何とかする、何とかしてみせるから」 「おいおいおい!」 そうやって困る恵人の襟首を掴んで強引に引きずりだす。 車にはキーが挟まったまんま、置いて行かせる。 ~半年後 見慣れた東京に戻った僕らはとても幸せに暮らしている。 恵人は僕の家に暮らすことになったし、両親にも息子が増えたみたいだと歓迎されている。 記憶も着実に取り戻していって そしたら驚くべき事実がわかった。 おかげで恵人と顔を見合わす度毎日照れ臭くなっている。 ただ………今でも時折思い出す、あの洋館のこと。 もしかしたらあの洋館はまだ僕達に戻ってくるよう願っているかもしれない。 だが僕は戻らないし、恵人も決して戻させない。 必ず、戻さない。 何があっても、あの洋館は諦めて別の獲物を見つけるしかないのだ。 僕らは前を見ているのだから。 《完》 END  恵人②  戻った日常

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