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第2話 只者じゃなかった自分
《第二章 争いの陽》
なんだ……?あれは。
目で確認してから脳で結論付けるまでの連携回路の通過にやけに長い時間を要する。
化け物だ!!
人の子供くらいのサイズだが、胴体から首が長く2メートル近くはある。
腹は膨れて、手のひらには3つしか指がなく、鉤のような長い爪が剥いている。
化け物は跳び跳ねるようにこちらに向かってくる。
俺は翻って来た道を逃げようとした。
化け物は跳ねながら浮かぶような速さですぐ目先まで来ていた。
ギャッ!
背中に乗られてしまい後頭部を引っかかれる。
いってぇ!!このっ!!
流石にカッと血の気が頭に上り、俺は化け物を捕まえてみようと試みる。
グワッ!!
掴みかかろうとした瞬間返り討ちにされ肩を思い切り引っかかれた。
熱い激痛が走る。
駄目だ……これ。逃げよう!
全力を解放して逃げるも逃げられない。
足を捉えられて転ばされてしまった。
大きな石に頭をしこたまぶつける。
転倒しながら痛みに身悶える。
「いってぇぇぇぇぇ~!!」
もうどこが痛いんだかわからないほど、ごく短時間で痛め付けるプロにボロボロにされた気分だ。
その時だった。
「釈迦秘術! 金棺飛遊 !」
力のこもった高らかな一声が公園を響き渡った。
地面が爆発するような音を次々に立て、地を割っていくつもの小型の棺のような形をした物体が筍のように現れてきた。
それらは地面から浮いて魔物を狙って八方からぶつかっていく。
「ウギャギャギャーーーッ」
この世の者とは思えない断末魔を挙げ、魔物はどろどろに溶けて消滅した。
「大丈夫か!?」
そこにいたのは渉流だった。
「わ、わたる……」
辺りは一気にシーンと静まりかえった。
助けてくれた幼馴染みは俺に駆け寄ると両腕で抱き起こしてくれる。
「夢を見たんだ。じいさんの夢だ。胸騒ぎがして外に出るとお前の悲鳴のような念が心に入ってきた」
なんと……。それじゃあ、あの夢はやっぱり、意味があるのか……。
そのまま俺は気絶をした。
気がついたら朝の光が眩しかった。
そして家じゃ無かった。
ベッドではなく質の良さそうな布団に寝かされていた。
目覚めた場所は、高い高い和式の天井、お堂のようなだだ広い吹き抜けた室内。真横には広い日本庭、窓はなく襖が開け放され空間が全解放されていて、外の風がそのまま俺の体の上を通り抜ける。そしてかすかに漂うこの香の匂い……。お寺だ、ここ。
「起きましたか」
一人のお坊さんが立っていた。
かなりの落ち着いた年齢で、俺の父とそんな変わらなそうだ。頭髪は勿論無い。
「ここは最清寺です。私はここの住職、金龍 です」
最清寺!
「あなたは昨日、渉流君に担がれてここにやって来たんですよ」
「渉流が……」
名前に呼ばれたかのようにして本人が現れた。
「起きたか」
渉流が襖を開けて入ってきた。
「定児の親には俺から連絡した。ここに連れて来たのにはワケがある」
一呼吸置いて、渉流は俺に向かい放った。
「お前は、狙われている。昨夜の者にだ」
【長屋王…………
その名を「長屋王(ながやおう 又は ながやのおおきみ)」といい、飛鳥時代から奈良時代に存在した皇族である。
長屋王は第40代天皇・天武天皇の孫にあたる人物。
時の権力者である藤原鎌足の次男・藤原不比等に次ぐ位置に、早い段階で駆け上がった事実から考えても、当時の長屋王に特別なスポットライトが当たっていたとわかる。
さらに藤原不比等が亡くなると、そのポジションを引き継ぐほどの時の権力を得た。しかし、藤原不比等の息子たち・藤原四兄弟はこの出世をよく思わなかった。
藤原四兄弟は自分たちが権力を持つために妹を皇后にさせようとしますが、これに反対したのが当の長屋王。
天皇は複数の配偶者を持ち、中でも皇后は特別な存在。しかし、皇后になるには相応しい身分が必要でしたが、藤原氏は皇后を出せるような家柄ではなかった。そういった政治のゴタゴタから、「長屋王の変」が起こる。
神亀6年(729年)、下級の官僚によって、「長屋王が妖術によって国家転覆を狙っている」との密告がある。
長屋王は弁明する機会もなく、家族と共に自害してしまう。この自害は強要によるものなのか、自ら進んで実行したのかは不明。
これが「長屋王の変」。その後、妹を皇后に立てて権力を持った藤原四兄弟。しかし、藤原四兄弟の栄華は思いのほか早く終わりを告げる。
長屋王が自害した後、天平7年(735年)に疫病が流行するようになり、天平9年(737年)には藤原四兄弟が相次いで病気で亡くなる。この出来事をきっかけにして、長屋王の祟りではないかと囁かれるように。
こうして京は長屋王の怨霊が吹きすさぶ魔の都となる。
平安時代に編纂された「続日本紀」という書物には、密告した下級官僚のことを「長屋王を誣告(ぶこく・人を貶める)した人物」と記しています。すでに当時から、長屋王が無実の罪を着せられたことは周知の事実だったようだ。
家族共々葬られた長屋王の怨念。
そんな長屋王の呪いは、現代でも続いているとまことしやかに囁かれている……。】
渉流は神妙に睨んで、次の言葉を発した。
「長屋王って知ってるか?」
「長屋王?」
「そうだ。菅原道真・平将門・崇徳院の前に、日本で初めて怨霊になった皇族だよ。「長屋王 」」
うなだれて答える。
「知らない……日本史に興味が無いもんで……」
「無実の罪で一族まとめて自害に追い込まれ怨霊化した。一説には、自害じゃなく殺されたんじゃないかと言われている」
渉流は俺を見据えてはっきりと告げた。金龍和尚も厳然と笑顔無く俺を見据えている。
「長屋王の荒ぶる御霊 は、お前の中に棲んでいる」
「ええっ」
後ろにずっこけそうになった。
「ちょっと待てよ、17年間生きてるけど一度も俺の中に何かが入るような違和感感じたことなんか一度も無いぞ?なーんも入ってないよ」
二人の前で両手をブラブラさせておどけて見せた。
「柏木の秘術で封じ込めているからな」
「俺は霊感0だよ?お前と違う」
「視えるんだよ。定児は本当は。お前に俺と同じ力はある。封じられているから、子供の頃から視えないようにされてるだけだ」
思考が追い付いていない。怨霊が俺の中にいるって一体どうしてそんななってしまったんだ?
「平安のその昔から代々続く柏木の本家はな、お前のために存在しているんだ。お前を守るためにな。お前の中には凄まじい怨霊が眠っているんだぜ。平城から平安まで京を恐怖に脅えさせた、神にも近い怨霊が封じ込められている」
なんと!
「平安の世から、幾度も陰陽師や法士達が退治してきようとした。その度に長屋王の荒ぶる魂は人から人へと渡り移り、この現代、荒ぶる魂は赤ん坊だったお前を選んで入った。すぐさま霊波によって察知した本家は、その赤子を引き取ったのさ。我らの手でお奉りし、封じ込めるように。そして……お前の中の怨霊の力を利用しようとする者から守護するように」
なんたるデストラクションな話。
まるっきり真実味を帯びていないが、昨晩の鬼のような化け物の姿や、渉流の使った非現実的な秘術の光景が脳裏に浮かび、疑う余地はないとわかっている。
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