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第3話 学園ライフと陰陽道
詰めるような渉流の口振りに気圧されていた俺。
「ここから先は私が説明しましょう」
和尚が穏やかな口調で割って入った。
「最近私達が住んでいるこの清町で怪奇事件が多発しています」
シンマチカイキジケン?
「人が一夜にして腐って溶けて死ぬ………科学では何も原因が解明されない、呪詛と見られる事件です」
「一夜で溶ける?ですか」
「ええ。底知れない力の術者ですよ……かけている人間は……。これほどの呪詛は並大抵じゃ不可能」
「そんな話、俺は知りません。新聞でもニュースでも聞いたことが無い」
「ええ、あまりに信じがたい話だ。そして殺害されるのはこの町の要人ばかり。報道管制が敷かれています。この事件を知っているのは国と、警察と、そして私のようなこの町の法曹界の高僧と神社総代ばかりだ」
「俺は和尚から修行中に聞いて知っていたがね」
渉流が口を挟む。
「定児君、あなたは私の寺とそれから真悳神社の神官の下で、これから毎日修行をして貰います。私達であなたの封印の秘術を少しずつ解いていき、あなたの法力を解放する。あなたの中の荒ぶる怨霊をあなた自身の手でコントロール出来るようになって貰う」
にわかには信じがたい話だが、渉流の不思議な力は十分理解している。
「でないと長屋王の#荒御霊__あらみたま__#が狙われているということはあなたの命が狙われているも同然ですよ」
「わ、わかりました」
呆然としながら聞いていた。今更ながらに気付いたが昨日傷ついた身体のあちこちがちゃんと手当てされていた。
「こんにちわ~私、真悳神社のものです~。おやまぁ、誰も出迎えがいない。勝手に上がりますよお~」
そこへやけに間延びした呑気な一声が遠くから響いた。
玄関口の方からだ。
和尚や俺達が次々に振り向く中また誰か現れた。
「初めまして、私は真悳の神主、 青森 薔山 と申します。これから毎日よろしくお願いしますねえ~。こう見えて私はスパルタですよ~」
まるで女のような外見をした可愛らしい顔の男だ。
長い髪を後ろで結んでいる。
服装は神主らしい装束で、白衣に紫色の袴という身形 だ。
この少々風変わりな青森神主は、俺を見詰めるとニッと笑った。
「なかなか鍛えがいが……」
その日から俺は毎日学校から返ったら二つの神社仏閣に修行に通うことになった。
放課後はせっせと吐黒山まで直行するのだった。
「そう、臨、兵、闘、者、皆、陳、列、在、前」
印を組みながら和尚は落ち着いた声色を用い説く。
ここは寺の敷地を離れたほぼ吐黒山の山の中だ。
「定児君、大事なのは経文や、呪文の文句を正確に放つことじゃない。下手したら呪文なんか何でもいい。君の力、法力や神通力と呼ばれるものを力強くその上に乗せることだ」
どうやら見えざる世界というのは、精神の力がものを言う世界らしい。
「これは必ず教えなきゃならない。力には限りがある。君がその力を使えるのはまだせいぜい三回までだろう。もしそれ以上の回数術を使い、力を使い果たしたら、君は生きる屍になり廃人になる」
なんと!
あっぶねぇ、何て言う力なんだ!生命力そのものだと言うことか!
「法力とは霊力、生命力…………。失えば人間は精神を働かす事が出来なくなる。霊能者同士の戦いは法力と法力同士の戦いだ。呪詛と呪詛返しの決戦に破れて、負けて寝たきりになる霊能者も少なくない」
三回までしか術を使えないとは、結構な縛りだ。
「定児君、いいですか~」
青森神主が間延びした声であっけらかんと講釈する。
和尚の修行が終わったと思ったら、すぐさま青森神主の講義を受けに神社へと走った。
「あなたはこれから封印が緩められ、神力が上がるにつれ、どんどんこの世ならざる者、魍魎を目にする機会が増えます。魑魅魍魎は見られていることに気づくとあなたに牙を向きます。そうなるとどうなるか~」
「魍魎には性質があり、効く術法と効かない術法があります。放つ波動が違いますからね~。定児君が昨晩合戦した餓鬼に代表される鬼系には火の術法、人の姿に近い幽系には水の術法、もはや妖怪としか言いようがない無数の人の念の集合体である化け物には力をそのままぶつけて散らして破壊してください」
「渉流君の金棺飛遊術や、和尚から教えてもらった臨、兵、闘、などの印がそれですね。ただし威力はあなたの残存の神力によって変わります」
コホン、と咳払いして向き直る神主。
「そこで私の人形術を教えます。常日頃から念を込めて紙のヒトガタを数枚持っておくこと。こちらがあなたの代わりに戦ってくれますよ~。さあ、まずは私の札術の習得ですよ。霊符は普段から心を込めて一枚一枚自分で書きましょう。必ず集中して念を込めること。さもなくば「符を書いて効なく鬼に笑われ・・」」
こうして俺は一通りの術法の基礎を教わった。
…………………… その頃………
コンコン
「市長、秘書の髙梨です。失礼します」
女の秘書がカールした色素の薄い髪の毛を揺らしながら扉を開けた。
「ひっ ヒイイイいいぃぃ~ッ」
本来、秘書の上司が座るべき椅子、そこには見るも無惨な腐乱死体が座っていた。
「どおしてっ!さっきまで!元気で!!部屋に向かわれたのにッッ!」
秘書は頭をかきむしりながら取り乱している。
「呪われているんだわっ!本当にこの町は!!呪われているんだわ~ッッッッ!」
狂乱した女の声が、清市市庁舎に響いた。
「知ってるか。助役の髙梨君が第一発見者だったらしいぞ」
電話機の向こう側に話しかける、恰幅に威厳ある男。
「ああ……鑑識の結果、確かに清町市市長、美山元弘だった。鳥出議員、兵藤社長、渡久川署長、美山市長……」
受話器に顔を近付けて男は言う。
「次に狙われるのはお前だろうか、それとも俺かな………」
その声は怯えているようにも、笑っているようにも聞こえた。
……………………………………………………
チャイムがキンコンと鳴る。学校だ。俺の通う高校はその名も社樹 学園という。立地はほぼ清町の中心部に位置している。
清町の点対象の中心は丁度この学校というわけだ。
同じクラスの友人である前山美樹が肩までの長さの髪を揺らして俺の許に近寄ってきた。
「ねぇ、定児クン、知ってる?私の親は市役所に勤めてるんだけど……最近恐ろしい事件が起こってるみたいよ」
「前山の親公務員なんだ」
和尚の言ってたアレだ、と勘付くもフーンと聞き流そうとする。
「お父さんからは口止めされてるんだけど……市長が、殺されたんですって」
「!?」
思わず真顔になる。
背後にいた友人の森野芳太郎も身を乗り出し間に入ってくる。
「知ってる知ってる!記者が全国からこの街に集まってるらしいぜ~!!噂では……。怖いよなぁ、定児」
「どんな死に方だよ?」
俺はゴクリと唾を飲み込んで聞いた。
「それがね……一瞬で、さっきまで元気だった人の体が腐るんですってよ……」
「なんだソリャっ!?人間技か!?謎の人体発火現象みたいなもん?」
森野は興味津々で名字の通り天然パーマの森林のような頭を持ち上げ更に身を乗り出している。
「定児~、お前のクールなあのいとこなら何かわかるんじゃないの?結構な霊感あんだろお?怒るとメチャ怖いあの」
森野とは中学を卒業してシャジュ学入学からの付き合いだ。
同じく入学した渉流と森野は入学早々ドンパチした過去がある。
入学したての渉流をからかい、切れた渉流に合気道で簡単にブン投げられた出来事があり、以来二人の間には精神的な溝が取れない。
渉流の四方投げで美しくも派手に大回転させられひっくり返された森野。何が起こったかわからない、釣り上げられた魚のような顔になっていた森野の顔は、今思い返しても……笑えます。
「どうだろなぁ…」
俺はお茶を濁す。
「なんだか…最近街の空気……変わったよね。定児クンもそう感じない?」
前山が両肩を自分の腕でさすり長い睫毛を伏せる。本気で怯えているようだ。
「わたし……怖いわ……」
潤む目で俺を見詰める前山。
多分だけど、前山は俺のことをちょっといい感じに思っている。で、森野は前山のことをいい感じに思っている。
俺はというと、前山は友達としてなら良い友人だが、彼女というと特に何とも思わないという気持ちで、森野と前山とでうまくいけばいいな、と心の奥底で密かに友人同士の交際を願っているという何とも微妙な三人の関係になっていた。
なんだか俺の知らぬ間に、奇妙な背景が進行していたようだ。
鈍感な俺には思い至りもしなかった。そんな奇怪な事件が起こり続けているなんて……。
「ちょっと君」
学校を出ようと校門をくぐったところで聞き覚えの無い声に呼び止められた。ぼんやり考えていた頭が我に帰る。
見るとジャケット姿の長身のハンサムが立っていた。
カメラを小脇に携えている。
「君はこの学校の生徒のようだね。私は今この街について調べてる、ジャーナリストの機洞 連 。君にちょっと伺いたいことがあるんだけどいいかな?」
「俺何も知りませんよ」眉に皺寄せ怪訝な表情を一生懸命作り威嚇した。
「この街の議員、この街を代表する企業社長、警察署長、そして市長が相次いで殺されたの知ってる?」
「知りませんよ」
「そうだろうね。確かにオフィシャルなニュースではほとんど流れていない。だが街では噂になっているんじゃないか?人の口を完全には塞げない」
「……少なくとも俺は何も知らないっす」
彫刻のように端正な高い鼻筋を指で覆って彼は何事かをシンキングしている。
その表情からは何を思考しているか掴めない。
通り過ぎようとした俺に彼は背後から気になる一言を告げた。
「あなたから良くない香りがするんですよ……そう、鬼の香りがね……。…これは私の直感だが、いずれ君は事件にどうしようもなく引き込まれていきますよ……」
振り向くと、彼は既にそこにはいなかった。
謎めいたやけに気になる男だ。
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