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第4話 丑三つ刻の冷たい夜風 

「定児!」 青年が立ち去って間もなくまたまた誰かに呼び止められた。 見ると森野だ。 「俺これから評判の拝み屋のところに行くんだよ……。お金を払って、前山との恋愛を叶えてもらいにさ。知ってるか!そこに頼むと絶対両想いになんだってよ!!」 「なんっだそれ。胡散臭いなぁ」 「俺も半分は疑ってるよ。でも興味本意で行ってみよーぜっ!」 仕方ないか……。 連れていかれたそこは、寺でも神社でもないマンション。 怪しいな。 だからって寺でも怪しいけどさ。 中はオフィスのような事務所のような感じになっていた。 インターホンの中年の受付嬢に案内される俺達学生服二名。 「私が光の共鳴教の教主、飯塚 稲荷(いいづか いなり)です。お電話でお悩み事は記録されていますよ。恋愛の祈祷だと」 ニコニコしながら中年の体格のがっしりした男が現れた。服装は単なるスーツ姿のその男は、何と言うかただのおじさんじゃないか? 「本格的な祈祷なら10万から30万。小さいもので良いなら3万」 さんじゅっ……! 「わかりました!三万円のでお願いします!」 森野~ッ! 俺の心の叫びと必死に訴える顔芸は恋愛に盲目になった森野には届かない。 そんな飛びつくような……いくらなんでも短慮だ!短慮! 学生に三万円てのは相当な大金でしょうが!! 「よろしい」 ニヤッと男が笑う。 ────────! その時、教主の指先から小さい小鬼が現れ跳ねて飛んでいくのを視た。 あれは………。 俺は目を細めて小鬼の跡を探そうとしたが一瞬で消えた。 それから特別勧誘なんかもされず俺達は帰れたが、胡散臭さは拭えない。 次の日の学校の終わりに、前山美樹がクラスの女子達と話しているのを聞いてしまった。 「ねえ!今日運動の授業でいきなりボールぶつけられちゃって!保健室に連れてかれてベッドで一休みしてたら横のベッドに授業サボって寝てた森野がいてさ、しばらく話し込んだら告白みたいなこと言われちゃって」 前山は一層声のテンションが高くなる。 「しかもさっき階段で、何もないとこでずっこけて、そしたら下にたまたま森野がいて、ほっぺにキスするような形で森野が下敷きになってたの!わたしもうどうしよう~!」 ……………。あの祈祷師、あの小鬼………。 ………………………。 「あっすいません」 「考え事しながら歩いてましたね。定児君」 「猪狩先生」 反対方向から歩いてきていたクラスの担任、猪狩(いかり)祐司先生とぶつかりそうになってしまった。 名前とは反対に華奢でスマートな男だ。 「最近の物騒な清町について考えていたのですか?最近この街は治安があまり良くないようです。君も外出はくれぐれも控えてください」 「はい」 「私の妹がね、怪しげなものを夜の街で見たそうなんです。それ以来一週間経っても目覚めない。医者に見せたが眠り続けている。定児君、だから気をつけて。夜は出歩かないように」 「一週間、眠り続けている………!?」 夜になった。 昼間の猪狩先生から聞いた話のゾワゾワした気持ちがまだここのどっかで引っかかっている。 トイレに降りに階段を下がる。 俺は喉が乾いて冷蔵庫を開けたが、母の作った麦茶しかなく、何となく自販機まで買いに出かけることにした。 一瞬、昼間の教師の警告が宙に浮かぶが、教師の妹と俺は違う、そんなかよわくないぞ、と振り切った。 今日の今日の忠告を軽く無視してしまうなんて。 それでも、大の男が近所の自販機まで外出出来ないのは何だかとても変だし、と玄関に向かって靴を履き変える。 近所の橋を渡ろうとしたところだ。 橋を越えると丁度自販機が三台並んでいる。 「深追(ふかお)い橋」という名称の橋だ。 橋に何かいる。 近付いてみると着物を来た……女だろうか。 背を向けて長すぎる黒髪を垂らしている。 何か異様な雰囲気がする。 背後まで近寄ってみた。 突然クルリと女が振り向いた。 顔がなかった。 いや、包帯でグルグル巻きだった。 避けるような大きな口だけ開いている。 そうだ、化け物に決まっている!異様な雰囲気を感じ取っておいて、俺はどうかしていた! 包帯女は青森神主の言う通り、正体を認識された俺に襲いかかって来た。 臨、兵、闘、者、皆、陳、列、在、前! 印を結ぶ。 だめだ!包帯女は俺の腕に噛みついてきた。 やはりこの魍魎に合う術のセレクトが重要らしい。 懐から霊符を取り出した。 文字ではない文様が描かれた霊符だ。 四神獣玄武の力が込められている。玄武は水の力だ。 霊符を波動の道に載せ化け物にあてる。 通常の物理法則じゃ理解できない移動の仕方だが、煽り風に吹かれるように女の化け物に向かって、吸い込まれるように化け物の身体に張り付いていく。 グゲゲッ 包帯女が頭を大きく左右に振っている。 これだけじゃ滅っせない。更に懐から水の霊符を取り出し投げ付ける。 グゲゲッ 包帯女が更に大きく頭をかぶりに振っている。 だが消える様子は無い。 まずい……だめだ!包帯女も最初より弱っているが今の俺の力じゃ三回の中では消滅させることが出来なかった。 もう一回だけ! 俺は札を使った。 包帯女はやっと消えた。 胸で息を撫で下ろしたが、唐突に俺の体全身が冷たくなってきた。 体に力が入らず、橋に倒れこんだ。 声が出せない。 金縛りのように指先も動かせない。 冬眠のように、急速に体が凍えてゆく。 これが、限界まで法力を使ってしまって起こる末路なのか……。 三回ルールがこんなに厳戒なものだったとは、甘く見ていた。 倒さずに退散すればよかったんだ。 目を閉じ、意識だけしか動かせなくなった俺の耳に足音が聞こえる。 慌てるでもない足音はそのまま近づいてきて 「おや、君はいつぞやの」 頭上で声がする。 この声はいつかの、学校前で話しかけられたジャーナリスト機洞連。 「どうしてこんな場所で寝てるのかな?」 そう言って俺の顔に手をかざす。 「ム…………、これは………………!」 「神力が…………弱っている…。……このままじゃ、死ぬぞ。いや、死なないでも…………」 機洞は何かを考えこんでいる様子。 俺のそばにかがむ気配がわかった。 「いいですか、私の神力を分けてあげます」 静かに息を吸い込む気配がする。 頬に冷たい手が触れた感触がした。 と同時に口と口があたる。 息を吹き込まれる。 いや、息だけじゃない。痺れるような浮遊感のあるエネルギーが送り込まれ…… 「はぁっ!はぁっ!」 ゴホゴホと咳き込みながら起き上がる。 「君ねえ、自分の身の程は弁えて力を使ったほうがいいですよ。その分だと限界越して祓いましたね」 男は片ひざをついて眉を寄せながらこちらを見ている。 「あ、ありがとうっ……ごほっ…」 「名前、何て言うんでしたっけ?」 「かしわっぎ定児……!あの…社樹高っ…のっ…」 「霊査をしていたら、急に不穏な気を近くに感じたもので来てみたらね」 「霊…さ?」 「霊波を読んで土地を調査していた。でも面白い。定児君、君も私のように力を使えるのか。また何かあれば、取材させてくださいね。私はこれで」 そう言うと男はさっさと去っていった。 後には真夜中の冷たい風だけが残されていった。 昨日のあれから一夜明けた俺は、なんだか落ち込んでる。 ……やっぱりなぁ。 俺の力って弱いんだな。 渉流みたいにいかねぇや。 俺は昨夜のあれでちっぽけな己の力を痛感し、今日一日同じことだけを考えてしまう。 はぁ~あ。 しっかし、神力送るってあんな口移ししかないのか……。 ただ今校内で学食を食べながら頬杖をついている。 スプーンを無駄に指で揺らしながら。 学校内を流れる噂で、森野と前山が付き合い始めた事実を今日耳にした。 とんでもないスピード発展だ。あれが小鬼の力なのか。 そこへ丁度食堂に森野本人が来たから俺は聞いてみることにした。 「お前前山と付き合ってるんだって?」 「えっもう知ってるのかよ、早いな」 「噂になってるぜ。一体どうしちゃったの、いきなり電撃交際じゃないか」 俺はおどけて聞いた。 「すっごいよな~あの飯塚稲荷先生のご祈祷!マジ効くよ~!!」 ……先生まで付けちゃってさ。 「早速今日お礼しに行くつもりだよ。願望成就したらお礼は忘れないようにしないと、効果が消えるんだと!」 「やめとけって」 「一人でいくからさ~♪フンフンフフーン」 いぶかしがる俺をよそに森野は浮かれていた。 放課後になった。 昨日あれだけ自分の力に惨敗したんだ。早速修行に向かおう。 辺りは夕闇にさしかかっている。 急ぐため、学校近くの公園を通り抜けようとしたところだ。 この公園は、最初に化け物に教われた因縁の公園、#荒稼生__あらかせぎ__#公園という名前の公園だ。 「もしもーし、そこのお兄さん」 背後からついて回るように女が俺の後ろをつけている。 パッと見は若くて綺麗な女だが着物姿で風体が怪しい。 「私は易を売っているものです…占いですよ。たまにこの公園にスペース借りして、子供のママや昼休憩中のサラリーマンなんかを占ってるの」 確かに手には細長い竹串のような、易占いでよく見られる道具を持っている。 確か#筮竹__ぜいちく__#とかいったか。 「あなた……恋をしているわね……。誰かのことばかりを考えて、心を惹かれているわね、その人に」 そう言って俺の胸を人差し指でつついてきた。 「そんな人と、つい最近、ほんの少し前、出会ってしまったと出ているわ」 ジャラ……と手に持つ筮竹を鳴らせる。 「あら、恥ずかしがらないで。私に隠し事は無駄なの。言い訳しても無駄よ。あなた出会ってしまってはいけないほどの禁断の運命の相手に出会っちゃったのね。ほ………」 そう言ってキャハハハハとうるさいくらいにけたたましく笑って、女は公園の角を曲がり消えていった。 呆気に取り残される。 なんだよ、あの女は。占い師?ただの心のおかしな女にしか見えなかった。大口で笑う真っ赤な唇がやけに脳裏に焼き付いた。

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