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第11話 学園祭を前にして(H有)
捕まえられてから何日が経ったかとか、何時間が経ち今は何時か、なんて、頭の遥か彼方に遠退いてしまった。
昼も夜もない場所で、法力を通わせて行う性の交わりがこんなに衝撃的な中毒を伴う快楽であるなんて知り得なかった。
力を使えない普通の人では誰も味わっていないだろう境地に自分はいる。
脇の下を甘く撫でられ、耳朶を噛まれながらすぐそばで上ずった声が囀ずる。
「気持ちよいですか?私も気持ちよいですよ。こんなのは………他の誰ともないほどだ……。このまま、姿を描いてはいけない秘仏勧喜天のように、私とあなたを絡み合い一対にさせたまま、時間も空間も無い涅槃に上げられ永遠でいたいくらいだ」
自分から放たれるながやのおおきみのエネルギーとは、この男も中毒にするほどの体感なのであろうか。
「こ、こんなにっ………、こんなにっさせられ、させられ、たんじゃ、………っ、こ、こんなのが………、っっ…す、好きになってしま…う…………!」
毎日毎時頭を溶かされたんじゃ、この行為も、すぐそばに肌を合わせているこれ迄知り合った誰とよりも距離が近いこの邪悪な男にも、両方に心が持っていかれてしまう。
誰も知らない自分の秘密の領域に初めて他人がいる。それも全然得体の知れぬ突然現れた他人が、ポッと出て、親よりも肌の距離の近いところにいる。
「いいんですよ、好きになって」
やり場がなく男の皮膚を引っ掻く自分の手首を掴まれて、誘惑のように肯定される。
何かを求めるような俺の目線を捉えてわかりきってるかのようにふふっと微笑む。
「私も君を好きになってしまおうかな」
後ろから抱き締めるように
俺の両方の乳首を指で摘まんで弾きながら囁く。
だめだ、俺の人格 も倫理観も恋愛観も過去の恋愛遍歴も性指向も苦手意識も、そして何より善悪の分別も、体をブチ破られると同時に全てブチ破られてしまった。
粉々に壊されて誰にも見られたことの無い秘めた限界へと入り込まれ全て見られてしまった。
余裕は微粒子ほども無い。
そんな混乱を浮かべる定児の顔を見つめ薄く笑う男の顔から、突如笑みが消えた。
護摩を炊いて一人祈祷をしている金龍の心の目の視界が突然開けた。
今迄視えなかった定児の存在感がやっと握れたのだ。
と同時に定児の姿が薄く、ぼんやりと、輪郭を成さない形でジワジワ、段々金龍の頭の中に映像として浮かんでくる。
(やった!)
金龍は安堵した。
だがすぐ不穏を察知した。
定児の体は黒い闇に絡み付かれ縛られて、とてつもない淫気に覆われていたのだ。
その時
「視たな!」
怒りの声が部屋の中、空間を切り裂くように、大きく響き渡った。
「覗き見とは、とんでもない下卑た坊主だ」
とんでもないことに一つの仏像の口を借りて喋ってきたではないか。
な、何という罰当たりな………!
金龍は怒りと驚愕に震えた。神聖なる神仏の結界が破られ、あろうことか仏の依り代を利用され汚されるなんて、あるはすがない、あってはならない事態だ。
これ程の力を持つ敵だったのか?まさかここまで。
「お前達が血眼になって探している男を抱いている最中なんだよ。野暮な邪魔をしてくれるな……」
だ、抱いて…………更に続く信じられない言葉に、あの金龍の顔からすら余裕が消え失せ汗が水のように額から流れ出していく。
「荒御魂は俺のものだ。返さない!クックック」
護摩の炎が風も吹かない部屋で不自然に一層大きく舞い上がり、天井につくほどまでに炎上が広がったかと思うと金龍の半身を襲った!
慌てて転がり避けたが、左腕は炎がまとわりついて熱く爛れ火傷を負っていた。
「グウゥ…………」
「今日はこのくらいにしておこう。次は腐らせる。ハハハハハハハッ…………」
残忍な笑いが祈祷部屋を反響し、そして嘘みたいに静まりかえった。
定児は膝を折りまげて屈み、頭を伸ばして、あぐらを描くような姿勢で座る機洞のそこの繁みをかきわけ、陰茎に美味しそうにしゃぶりついている。
定児の綺麗な吹き出物一つない健康なハリのある背中が汗を浮かべている様が、機洞の目下に淡い光を反射して鈍く仄白みながら映る。
「ククク………」
長い針を取り出しおもむろに定児の左の肩先に突き立てる。
「あぁあ!」
頭を朦朧とさせる術は依然とかかっているものの、神経の麻痺はほぼ取れて久しい定児は、突然の差し込んだ痛みに口からは男の陰茎が糸引く唾液と共に外れ声が出る。
針を突き刺された箇所からは突き刺さったまま血がポツンと丸く玉と溢れ、そして一筋となり流れ落ちる。
男は流れる血をペロりと舌でゆっくり舐めとっていく。
舐めとられる熱さにも定児の淫らな神経と自身の肥大は反応し、小さく呻いた。
「魔法をね、一つ、かけてあげる」
針は刺青を刻むための針であるらしい。
そのまま小さく皮膚を薄く縫われるように刺されていく。
薄皮に色をのせる過程で次から次へと血が溢れ出るが舐めとられながら手作業は進む。
針の痛みと舌の動きが疼く快感となって定児の脳細胞から全神経に反響されていく。
梵字をアレンジしたような得体の知れない記号が一文字刻まれた。
「これでもっと気持ち良くなれるはずだよ」
男は定児の指先に己が指を添わせ、定児の顔を上げさせると唇を交わした。
ここに囚われて性行為でない接触はこれが初めてであろうか。
男の唇と滑り込まれる動く舌からは血生臭い定児の血の鉄の味だけが漂い二人の口腔を満たしている。
………………………………………………………
渉流達の通う社樹学園は、もうそろそろ学園祭の準備にかかりはじめた。
色とりどりの模擬店や出し物の材料、看板材料などが、廊下に投げ出されている。
季節は秋へと完全に移り始めたのだ。
青森神主から、渉流に連絡が入った。
「渉流君、やっぱり定児君は犯人の手の内にいるようですよ……」
「はっ!!?」
渉流の受話器を持つ手に力が入る。
「クソッ、それで無事なんですか!」
「…え、ええ……。危害は、まだ何とか、ないようですが」
青森は口ごもる。
金龍は昨晩の怪我で寺で一先ず治療と休養をしている。
金龍からは、渉流と定児の関係性や諸々を考え、詳細はまだ伝えないようにと口止めをされている。
渉流と定児は身内だ。渉流が定児が受けた暴挙への激情のあまり暴走行為に走る可能性もあるし、定児君が男としてこのような内容を、他人の口から勝手に身内へと伝えられるのは、大変心に迫る屈辱であろうとの配慮である。定児自身がショックを受ける。
それ以上に、どう言えばいいのかだって、金龍と青森自身にもわからない。二人の心境とて、正直言って、言いたくない。二人だってショックなのだ。あの明るいのんびりした年相応のやんちゃな少年が、そんな目に遭わされているだなんて、想像するだに気に病んでしまう。
青森は金龍の状態を思い起こす。
金龍の説明には、声の奥には、明らかに恐れというものがあった。
金龍自身との力の差が、そんなにまで開いているのか。
いや、予測は出来ていた。あの呪詛の腕前からして、人間離れした底知れぬ使い手だと計れていたのだが、長年の交遊がある金龍の性格を考えると
あの、いつでも積み重ねた修行に裏打ちされた確かな実力と冷静な判断力と、そして秀でた対処力の持ち主であり、全員の精神的支柱でもあった誰より頼りになる年長の存在に、怯えが生まれているという事実が、青森にとってショックなのだった。
「渉流君、私達も余裕を見せてなどいられませんねぇ、もう」
「青森神主。白三弥山、に一緒に付いてきてくれませんか?できれば、猪狩先生も呼んでください」
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