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第13話 衝撃

「渉流君!」 青森が渉流に何かを投げ寄越した。 見ると、茶色いままの着色はされていない、小さい木彫りの指人形、が一体。 「いざという時はこれを用いてください。頼りになるものが「入って」ますよぉ」 「ありがとうございます」 重い黒鉄の扉を引き開けた。 禍々しい妖気が扉を開けた途端に噴出するようだった。 ……………………………。 扉から設置された階段を下りると辺りは途端に岩肌の剥き出しになった洞穴めいてくる。 地下水だろうか。岩の表面は湿気を帯びている。 なるべく音を響かせないように、慎重に、だが素早く歩く。 ………………結構長いな 渉流は思った。 暫くゆくと、道は幅広くなり天井も高くなり、そして新たな扉が待ち構えていた。入口の扉よりもりっぱな、同じく黒鉄の扉。 耳をあて扉の先を確かめる。 …………………気配がない。大がかりに設けてある癖に不用心だな………… 渉流は扉を開いてみた。 「!?」 気配がない。と捉えていたのに人がそれなりの人数、ざっと数え10人ほどだろうか、身動きもせずにいる。 だが他の一点を見つめ、身動ぎもせず、微動だにもしない。 ………… 魂魄(こんぱく)が抜けてやがる。こいつらゾンビか生きる屍のようなもんだな 生きるための必要な神力、仏力といったエネルギーが体の中を流れていないのを、渉流の眼が捉えた。 それどころか、既に魂の心臓である魂魄すら機能していないように視える。 恐らくこの群れ達の前で姿を堂々見せても反応は無いだろうが、なるべく物影に隠れながら奥に進む。 自然の洞穴はそこら中ゴツゴツしていて、身を隠すのには不自由ない作りになっていて幸いした。 内側は広く、床などはまったく舗装されていない、完全なる地下洞空間のままだが、最奥の中央に白銀の人為的な、神殿のような建造物があるのだ。 ……催場?祭祀場?招魂場? 周りにいる魂ない人間どもは、虚空を見つめるように神殿の上のただ一点を見上げ、眺めて見ていた。崇めるように。 中央にかけられている天井から吊るされた白の重ねられた布のドレープの奥に、人影が揺らめくのを見た。 それは…… それは…………二体の影であり 絡み合う肢体同士の影は明らかに特定の動きを繰り返し重ねており、壁面に昇る巨大いな影を形作っていた。 シルエットの蠢動は交接する二体を示し、まざまざと浮かび上がらせていた。 一体を支配し、一体が征服する影。かと思えば互いの位置を入れ換える生動の様子。 ……これは……性秘儀(性的ヨーガ)だ! 性儀式によって呪詛や術法を成し遂げる邪術を行う邪教密教を開いているのか。ここは………… 渉流だって淫猥な男女の絡みを見る機会なんてこれまであったわけで、本来なら心臓が動じたりなどもしないはずだが 空間に広く漂う心の#糜爛__びらん__#を掻き立てる目的のようなむせる香のにおいと、まるで映画舞台のような異様な魔術セット、身の危険を感じる群れの人間、そして剥き出しの交接とが重なり合わさり目の当たりにすると、やはり人の子、光景の異様さが胸に迫り、流石にクラクラと頭をめくらめくものがある。 顔をしかめ、堪えきれないほどではないが、毒気にあたるように込み上げてくる不快なものを軽く渉流は得た。 と、すると 一体の影がもう一体から離れ、神殿の更に奥へと立ち去る気配があり、消えた。 渉流は一際強く睨み、祭儀殿の奥へと近寄ることにした。 周りにまばらにいる人間はやはり脱け殻のようになっている。 嫌な予感は胸の中で何やらガチャガチャうるさい。 白布の向こうのもう一体の影は動かない。 段を上がり、密やかに幾重の布をめくりあげてみると ……やっぱり、……やっぱり そこに寝転がり目を閉じて気を失っているのは定児の肉体であった。 寝台として床より中空に浮いている台座に横たわる肉体はほぼ裸体である。 幼馴染みの肉体をこんなにハッキリ目にしたのはいつ以来であろう。 目はつぶり、表情はむしろ安らかな寝顔にさえ映るが、肉体は乳首も男性自身も露わとなっていて、頬や胸先、胸の突先、腹筋の稜線、太股の稜線のあたりは男の精が飛び散り濡らされて、或いは乾いていた。 足の間は大きくではないが開かれ、内股の秘なる処は、時間も経たずに先程まで受け止めていた男の陰茎の痕跡をまだ型どり、淫通の道がまだ薄く口を開けて覗かせている。 渉流は駆け寄ると定児の傍らにしゃがみ、片腕で頭を起こすと、その濡れた頬に構わず手を寄せた。 「定児……定児……、大丈夫か、定児……」 頬を軽く何回かタッチし、辺りに慎重になり小さい声だが繰り返し呼び掛けた。 険しい顔だが弱る表情が流石に渉流の顔に浮かんでいる。 あたりにはかける布地がないので、自分のジャケットを定児の体にのせて被せる。 息はしているし、胸も上下している。俺の声は聞こえているのか。 ……おぶるしかないようか。 定児を抱き起こすと、被せたジャケットを背中から腕を通し羽織らせた。 屍同然の生身の人間達の間を縫って、定児の体を背負い連れていく。 きっとこいつらは指示する親玉の一声が存在しなければ指揮されない筈だ。 どちらにしろ、このままでは済ますものか。こいつらも含めて。 燃え立つ敵意を飲み込んだ堅い決意をしながら、忌まわしい祭堂に入ってきた扉を開けると、定児を背負ったまま一気に出口までめがけて走り抜ける。 流石に背後の遠くから、何体かの俺を追ってくる足音が続いてきた。 追っ手は先程の信者達らしい。指令系統が甦ったか? …………危ないな。それならば。 振り向きざま、連中の姿を確認すると、青森神主から渡された木彫りの指人形をポケットから手に取り、奴等に向かって投げ放った。 「頼む!!行け!」 たちまち紫の煙に巻かれて擬人の使役式神が人形より現れ出でた。 中に入っていたのは……疫鬼(えきき)! 「 穢悪伎疫鬼(けがらわしきえやみのかみ)!」 調伏された鬼神が入っていた。 疫鬼の体は黒く、仮面を被った鬼の姿をし、頭から短い四本の角と、何本もの牙を口から覗かせている。 洞窟の天井近くまでの2m越すような体を取り現れ出でてきた、病魔をもたらす疫病神。 疫鬼は緑の毒のガスを口から放出すると、追いかけてきた信者達がドミノのように次々に倒れていった。 疫鬼の毒ガスは色によって効果が分化するが、緑のガスは一定時間身体の自由を奪う。 それから振り返らず最初の鉄の扉まで辿り着き階段を上がると、音を立て扉を開いた向こう側には林と風の風景が広がり …………!? 青森神主が苦痛の顔色で胸を押さえ座り込み、猪狩祐司が気を失い倒れていた。 「三人で中に入ってくれれば、中で三人とも潰す予定だったのにね、石狗(シーゴー)」 「ッ!見鬼姫……!!」 そこにはあの見鬼姫と、石狗と呼ばれた傍らに石のような防具の甲冑のような硬い甲羅で全身を覆われた、二本の長角を持った長髪の鬼がいた。

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