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第14話 召し返しの呪歌

渉流は定児を地に下ろし、腕を構え一気に迎撃体勢に入った。 身体中の血流が音を立てて駆け巡る。 「どーこへ持っていくつもりなの?長屋大王が入っている定児君は渡さないわよ」 「……ふざけるなっ!!」 渉流は怒りの血管が一気にブチ切れそうになる。 「釈迦秘術!金棺飛遊!!砕けろ!!!」 渉流の向けた手の動きにならって、これまでで最大に大量の金色をした棺が地を割り表出する。 渉流の念に従い棺は見鬼姫と石狗に向かっていく。 見鬼姫の腕の袖が伸び、伸縮する布となって飛び、迫る複数の棺に絡んでいく。 「ふふふ……。キャハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハッッ」 「!ッッ」 棺の動きを完全に止められ思わず顔を上げる渉流。 「シン オン シンカア ソワカ !!」 石狗が唱えると梵字が一文字、黒く大きく宙に一瞬描かれ、光と破壊音を放ち、超音波のように棺を次々と壊していった! 「チッ!」 腕を顔の横に構え、渉流は汗が一筋流れた。 「下がっていろ。お前達」 後ろからよく通る麗容なる声が放たれ、三者のピリピリと火花立つ均衡を邪魔した。 声の先には男が佇んで、ポケットに両手を突っ込みながら背筋よく歩いてくる。背の高い男。 口の端は笑むが目つきは妖しく、浮かぶ光が凄味を放ち睨みをきかせている。 すぐさま隙を与えず渉流は向かってくる男に向けて空中を走るような雷剛杵を放ったが 男は口から息を一吹き 「呪禁(じゅごん)」 の一言と共に放ったかと思うと、向かっていく雷剛杵が突然バーストし消滅した。 仕掛けた術の無効化をする技、それが機洞 連の技、呪禁だった。 「外法禁術・葬送術。絶麗(ぜつれい)……」 続けざま男が一言、軽く放った言葉と共に、一瞬の閃光と共にかまいたちのような衝撃波が渉流の全身を襲って、跳ね飛ばされ、背後の大樹に背中を思い切り打ち付けて倒れた。 渉流が両手を地につく。 「ガハッ…………!!」 「さて、定児クンは返してもらうよ」 男は地に転がる定児の身体を肩に担ぎ上げる。 ─何が返せだ、そりゃこっちの台詞だ 打ちどころが背中だったので、呼吸が圧迫され声にならない。 肩も背中も上下し、荒い息を吸って吐いて、気道の呼気を確保しようとする。 背後を向ける男の背中に黙って思い切り気を練り上げた渾身の雷剛杵を向けようとする所だった。 手刀の印にエネルギーを限界まで集めようとしたその時。 男が急に振り返って 「絶麗!」 同じ技を二度続けて放ってきた。 今度こそ骨が折れたかもしれないような衝撃波をくらう。 声も出せずに、渉流は地面に倒れ込んだ。 とどめを刺そうか。そんな気配が機洞からその場全体に伝わった。 「待て!機洞……!!彼の命を奪うなら、私の命に変えても、お前の命を奪う法策が、この私にはある……!」 青森神主が体を引き摺りながらだが立ち塞がる。 「機洞…………!!いいえ!諸宮修聖さん……、ですよねぇ……!?」 青森は脂汗を流しながらだが、ニヤリと不敵に笑う。 機洞もつられたようにフッと笑うが、何も答えない。 「行くぞ。見鬼姫、石狗」 翻し、機洞は見鬼姫と石狗を従え、石狗に定児を渡し、彼らは森の中から立ち去った。 立ち去った後堪え切れず膝をつく、青森。 自分も肋骨や全身の骨にヒビが入ってるかもしれない。 そばに疫鬼が舞い戻っているのがわかる。 邪悪な気配が、山の中から完全に消えた。 青森達から遠く距離を開け、機洞は歩きながら呟く。 「社樹学園に向かうぞ」 社樹学園では、生徒達が日夜、夜遅くまで校舎内に居残り、学園祭の準備に取り掛かっている。 ひもろぎは、兄の身によからぬ災いが起こったのを一早く感じ取った。 慌てて、身を寄せている最清寺の職員を呼ぶ。 「私に、洋服を貸してください!!」 ずっと寝巻きの浴衣を着せられっぱなしだった体を着替えるつもりだ。 勢いよくバッと浴衣を脱ぐと、胸に巣食っていた霊障は跡形も無く消え去っている。 金龍と、青森のおかげだ。 (お兄ちゃん、待ってて!今行くからね!) 境内の廊下を走るひもろぎ。 玄関に立ち塞がるように、袈裟を身につけ、錫杖を手にした金龍がいた。 「私も行きますよ。仏様が知らせるには、今日こそ、大災害が迫る夜です」 「金龍さん!」 ひもろぎは心強くなったが、ふと思い立ったように 「ちょっと待っててください!ある物を眞悳神社に取りにいってきまあす!」 と慌てて走っていった。 ……………………………………………………… 「大丈夫ですか!?大丈夫ですか!?渉流君」 渉流の体を青森は揺り動かした。 猪狩も意識を取り戻し何とか立ち上がっている。 青森も、猪狩も、体に大層な支障は今のところ無いと体感で確認した。 「………ん、ぐぐ……」 渉流は目を開き始めた。 「よかった!」 手のひらをグーパーに開いて握りしめ、渉流は立ち上がる。 (骨折や内臓のダメージは、ない……、多分) 「あいつ……どこに消えたんでしょう……」 怒気を蓄えた忌々しい面で渉流は訪ねる。 「…………「社樹学園」と頭に浮かんできます」 猪狩が神妙そうに答えた。 「私の守護霊が……教えてくれている……」 「向います!俺!」 渉流は勢いつけて駆け出した。 「ちょっ!渉流君!!」 (無謀な……。この子は、本当)と、青森は苦笑したが、走る足の速い渉流についていくことにした。猪狩も。 。 。 。 その日、もう時計の針は18時をまわり、丁度日が落ちかける境目の逢魔が刻に包まれていた、社樹学園の屋上。 校舎内は学園祭の準備のために、生徒の足が、昼間のように廊下を沢山の足音で鳴らしていた。 閉門時間は夜9時まで延長され、それまで催し物の準備作業を生徒達は許されている。 学園祭までのこの一週間の空気を楽しめるのは、生徒達の特権でもあった。 男子、女子、そしていつもより溢れた生徒達を監督するため、教師の数も日常より気持ち増やされて、職員室も普段より人の声が重奏して聞こえる。 そんな賑わう社樹学園の屋上に佇むのは三本の闇の燎火。 機洞!  見鬼姫!  石狗! そして、石狗に抱かれる眠れる定児。 屋上にまるで学校を統治するかのように足をかけ、機洞は屋上の柵の上に立って見下ろしていた。 細いフェンスの上にどうやって重心を取っているのか。 「今こそ、目覚めさるぞ。呼び覚まさん、この学校の地下深い、怨霊の大群を。 地上に巻かれり、荘厳なる悪意の表出をなさんが為、今日、ここにいる人間は全員墓籍簿入りだ。社樹学園という名前の巨大な墓の墓籍の。 目覚めさりぞ!怨霊の#朽ち場々__くちばば__#!! 今こそ俺に呼応しろ!千年越しの悪意の見事な目覚めの刻だ!」 フェンスの上から、クルと向き直り、石狗と定児の元に飛び越えたようにジャンプすると、そのまま姿勢崩さずに着地する。 石狗から定児を抱き受けるとそのまま立たせるように支え、機洞は眠れる定児の口にキスをした。 ウッ…………ウゥッ… ウウウ   ウゥッ!!! 口の中に太い触手を突き込まれ腹の中にある何かを引き摺り出されるような苦しみが、背骨を背後に反る定児を襲った。余りの苦しみに定児の目がカッと見開かれる。機洞の手が定児の後頭部を押さえつけどこにも逃れられようのないまま、結わいた唇を離さない。機洞の目は見開かれる定児の瞳を焼くように見ていた。 ウウウッ ……ングウウウッ ウグウッ それを見ながら見鬼姫は「シシリシニ、シシリシ」 石狗は「ソソロソニ、ソソロソ」とニヤニヤにやつき笑いながら小さき声で唱う。 機洞の身体は赤く光輝き、定児から欲しいだけのエネルギーを奪いたいだけ奪うと、やっと唇を離し、屋上からの風景に視界を向き直った。 「召し返しの呪歌」 両手の薬指と小指を合わせ、何やら朗々と詠い上げた。禍々しい抑揚の長い長い呪詞を。 学校のグラウンドに黒い亀裂が走り、亀裂は瞬く間に円形化し、円筒状の黒光と変わり学校を包んだ。 「こりゃまた見事な仏壇返しになるわね」 見鬼姫はふざけて笑った。 校舎内を、獣とも悪魔の唸りともつかぬ、凄まじい声が風を吹かせて駆け巡る。 人でなき魔の叫喚は、人間の鼓膜を空気振動とは違う形の震わせ方をし、人を芯から怯えさせる。 迫力の叫声とともに校舎内を怨霊の群れが一つの集合を成した黒い塊がいくつも、どの生徒にも、教師にも見える形となり、飛び回っていた。 今、学校は、視認できる魔物の乱飛行だらけで埋め尽くされた。 校門の前にて。 「ひもろぎ!」「お兄ちゃん!」 ひもろぎと金龍、渉流猪狩青森の五人は合流を果たした。 五人が顔を見合わせるその瞬間、黒板を引っ掻いたような金切り声が耳をつんざき、校舎の窓からいくつもの悲鳴が聞こえて来る。 「!?何だ!?」「行こう!!」 校舎に入ると、悪霊達が人間に襲い掛かっていた。

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