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第24話 決死直前
金龍は意識不明の重体の状態が依然続いていた。人工呼吸器をつけられ、目覚めない金龍の顔を、定児はICUのガラス越しに見つめる。
侵入は許されず、バタバタと慌ただしく医者や看護師が双方の部屋を行き交うのと、金龍の血色の悪い表情を、定児は黙って見比べるように違い違いに見つめ、その顔は何かを考え、眼差しの色彩は強く、黒い瞳が覚悟を決めていた。
淫印の効果は全く消えた。
もしかして餓鬼孕みの術と、術の効果が相殺しあって消えたのかな?
ホラ、ウィルスバスターと他のウィルスセキュリティソフトが、一つのマシンの中で互いに干渉しあい働かなくなるように。
反動か知らないが今の俺はかなりの賢者だ。
もうエロい攻撃には惑わされない!
俺は青森神主のおかげで、嘘みたいにカラッカラに元気だ。
あの晩顔に「いたかったよ」「信じられる?すんごくいたかったよ」「機洞は鬼」と書かれてある、病院のベッドに横たわる満身創痍の自分に、神主が全力を振り絞ってかけてくれたヒーリング。
随分酷い目に遭わされた記憶が本来植え付いてある筈なのに、特に思い返して「ウアァーッ」となるようなことも無ければ、落ち込んだりもしない。
機洞ビルの出来事は、何があったのかちゃんと記憶にあるけれど、かなり昔の出来事のように心に刻まれた印象が遠のき、アルバムの思い出のように薄れている。
それにしても、金龍さんを重体にし、学校を襲い、俺へ仲間になれと誘い叶わぬと餓鬼孕みの術を使って拷問した機洞、許せねぇー!
徹底的に決着を付けよう。
病院のロビーを抜け院外に出ると、そこにはひもろぎ、渉流の両人が、俺を待ち受けて立っていた。
ひもろぎがスカートをひらめかせ、何事にも怯まない瞳を持ち、俺の元に近寄ってきた。
「定児サン、奴の居場所なら、わかるよ。もう、全然隠してない。
「早く俺の元へこい」とばかりにヤツでしかない強烈な気を放っている。
狼煙のように、天まで滾らせて。
居場所を知らせて、待ち受けている」
「それが機洞はどこにいると思う?」
渉流はニヤリと笑う表情で、アガベ・ユタエンシス・エボリスピナの極棘のように、視界に映っていると錯覚するくらいの尖る怒気のシャドウを全身から燃え立たせ、眉を寄せ、忌々しさを含めての一言を放った。
怒りが一周回っての不穏な笑みだ。
「吐黒山、にいやがるぜ」
一陣の風が三人の立っている場所を洗うように突如吹き上げる。
いつかの機洞との美戸裏神社の御神木の下での会話が、風によって揺らされた木々のざわめきと共に思い返された。
「この町はね……恐ろしい町ですよ……
呪われている清町市ですよ……
特に怨霊ポイントと呼べる場所が二点ある……
吐黒山と君の通う学校……」
ざわざわと風が歌うように、機洞の声も俺の脳裏をさぁーっと通り抜け吹き渡る。
「清町市最後の封印を、解くつもりなのか……あいつ……」
山の結界が破られた。
真悳神社の中に座る青森は既に察知していた。
特に金龍と自分とで二人で張っていた、最清寺と真悳神社の代表だけに、代々継承されてきた山の結界だ。
金龍不在のまま、自分一人だけで機洞との攻防に耐えながら維持できる結界だと自信があったわけではない。
それにしても魔多羅の力は恐ろしいものよ。
青森は前回の封印が解き放たれた社樹学園の姿を思い返した。
あの時は定児の長屋大王の力が初めて解放され、発動され、学校を埋め尽くした怨気は跡形も無く一つ残らず消えたが、今回も同じように現象は無事踏襲するだろうか?
長屋大王だって、怨霊。怨霊の王。
本来は人間の消滅を願ってるんじゃないですかねぇ。
神の力を帯びる者があらゆる人を滅ぼさんとし、それを怨霊の長の力を借りて討とうなど。
青森は皮肉めいたおかしさが心に急にふってわいたが、気を取り直して、今はどうするべきなのか、に意識を前に向けた。
ヤツは金龍や青森でさえも侵入を禁じられて封じられている、吐黒山の山の隠し戸の中にいる!
神社や寺があるこちらとは逆方向の、反対側の山に隠されている、立ち入り禁止の吐黒山の神秘なる洞穴。
古代の#儁才__しゅんさい__#の器である大祖が礎を築いた結界により、複雑な、寄木細工のような、手品のような防壁が幾重にも張り巡らされ、常人はおろかそこらの秀でた霊能力者の目にも決して届かない入り口を。
容易く破り果てた機洞め。
青森は白衣の袖を勢いよく翻し、目の前にある神鏡に向い何がしかの力を受け取る。
人も寝入る夜の0時。
力を集中させたそれぞれの能力者達の姿は、闇に紛れたように、何の抵抗も受けず、妨げなく吐黒山の誰も入り込めなかった禁忌なる神域の前へと歓迎されるように辿り着いた。
後ろの森は妖気を帯びて笑う。
既に結界が破られた影響が、顔を出し、いつもの吐黒山を変え始めている。
ここを開ければここから先は、人間の住むこの世ではない。
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