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ホワイトデーのお話

「いい匂いがするーっ」 金色の髪を揺らして、青年が調理場に顔を出す。 「カース、お菓子作ってるの?」 問われて、黒髪の男は視線だけで青年を振り返った。 「まあな」 短く答える男の背から、青年はその手元を覗き込む。 「へー、何々? あ、カップケーキだ」 「お前のもあるから、もう少し待ってろ」 「うんっ!」 青年が、早速椅子に座る。 その反対側で、男はクリームのたっぷり飾られた手のひら大のケーキを丁寧に蝋引き紙で包んでいる。 「あれ、包んでるの?」 青年の声に、男の動きがほんの一瞬止まる。 「……まあな」 「……もしかして、それ……」 青年の、男性にしては高めの声が、一段階低くなった。 その反応に、男は小さくため息を吐きながら答える。 「お前にしては、勘がいいな」 褒められたような、そうでも無いような、どこか納得のいかない顔で、青年は呻いた。 「うー……」 男は、先月ケーキを貰った事で、気付いたことがある。 この元勇者は、懐はすこぶる深いが、妬かないわけではないらしい。 チラと青年の顔を盗み見ると、金色の瞳は半分になり、拗ねてしまったのか、口の先をほんのり尖らせている。 「それ、どうやって渡すの?」 拗ねたような声で尋ねる青年に、男は、そんな声もまた可愛いと、こっそり思う。 「置いておけば、持って行ってくれるさ」 そっけなく答えると、どこか心配そうに青年が尋ねてくる。 「……そういうものなの?」 「まあな」 妬きながらでも、相手の心配はするんだな。と、男は青年のお人好しぶりに内心苦笑した。 包装を終え、調理器具を片付けようとしたところで、男はボウルに残ったクリームに気付いた。 少し考えた後、男はそれを指先ですくう。 顔を上げれば、まだ青年は金色の瞳を半分にしたまま、男が丁寧に包んだケーキを見つめていた。 青年の前に、男はクリームを乗せた指を差し出してみる。 「味見するか?」 問われて、青年は男の森色をした瞳を覗き込む。 男の瞳はこちらを真っ直ぐに見つめて返すと、ゆるりと細められた。 青年は、甘やかされていると感じながらも、その指をぱくりと咥えた。 丹念に舐め上げて、ゆっくり唇を離す。 「甘い……」 青年が、ぽつりと呟く。 カースは、クリームだから甘くて当然だと言いたげな顔はしていたが、何も言わずに青年の好きなようにさせていた。 「カースが、甘いよ……」 青年は、どこか切なげに苦笑を浮かべると、男の手を取り、もう一度その指を口に入れる。 今度は一本ではなく、三本まとめて。 水音を立てながら、金色の瞳をじわりと滲ませて、青年はそれを夢中で味わっている。 「……ん、……ぅ……」 指先から、ぬるりとした生温かい感触が背筋に伝わり、ぞくりと男の背が震える。 それを堪えつつ、男は小さく肩をすくめた。 男には、青年の次の言葉は、とっくに予想が付いている。 ベッドへ連れて行かれる前に、最低限これとこれまでは水に浸けておかないとな、と男は視線で調理場を確認した。

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