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ベビードールを拾ってきた男の話(リンデル盗賊団時代)(1/3)
「カース、これは何……?」
リンデルが、カースの持ち帰った木箱からヒラヒラしたものを引っ張り出す。
カースは先ほど夜襲から戻ったところで、木箱を机代わりの樽に置くと、テントの隅で着替え始めていた。
「ああ、それか。今日の戦利品の余りみたいなもんだな」
男の言葉に、それを持ち上げた少年が首を傾げる。
それは女性用の服のような形をしているものの、服らしい機能は備えていないように見えた。
「……向こうが見えるよ?」
「隠すためのモンじゃないからな。飾りなんだろうよ」
男は少年に背を向けたまま、それでも律儀に返事を返しつつ、返り血を浴びた部分を隠すように衣類を纏める。
隠しても、この少年には気付かれているのかも知れないが。
それでも、男はこの少年を、血生臭い事からなるべく遠ざけておきたかった。
「えっと……これ、誰が着るの?」
問われて男が振り返る。
「……」
「……」
無言で少年を見つめる男と、それを少し首を傾げて見つめ返す少年。
一瞬の沈黙が、二人を包む。
なんとも言えない空気に耐え切れなくなったのか、男が顔を背けた。
「え? あ……、僕……!?[#「!?」は縦中横]」
男の横顔が僅かに染まるのを見て、少年がやっと、求められていた事に気付く。
「いや……。後で捨てておく」
バツが悪そうに、男が呟く。
「売らないの?」
「後ろがちょっと裂けてんだよ。売り物にはならねぇな」
そう言って、男は少年の手からそれを取ると、背中側の鉤裂きを見せる。
「……でも、持って帰ってきたんだ……?」
ゆっくりと、確認するように少年が男の顔を見上げる。
柔らかな金色の瞳の揺らめきに、男が心奪われる。
「僕に、着てほしい……?」
「……っ。そんなんじゃ、ねぇよ……」
艶やかに誘われて、男が思わず目を伏せる。
男の耳元で、ドクドクと自身の心音が響く。
このまま見つめていたら、理性を失ってしまいそうだった。
「そうなの? 僕、カースが喜ぶなら着るんだったのに」
逃げる男を、少年が無邪気な言葉で追う。
「…………っ」
男の頬に広がった熱は、耳へと伝わってゆく。
「ねぇ、カース。こっち向いて?」
返事をしそうにないカースの、背けた顔を覗き込むように、少年は回り込んだ。
耳まで赤くしつつある男はやはり、頬を染め、眉を顰めていた。
その手が握っているひらひらのそれを、少年は引っ張ってみる。
少年の思った通り、それは大した抵抗もなく。男の手からするりと抜き取れた。
男は羞恥に眉を寄せたままの不機嫌そうな顔で、チラとそれを一瞥してから、自分の脱いだ服を抱えてテントを出て行った。
リンデルは、男が出て行った後の、出入り口に揺れる幕を眺めつつ思う。
こんなに遅い時間なのに、男はきっとあの服を洗いに行ったのだろう。
僕に、血を見せまいとして。
……そんなに気遣わなくてもいいのに。
僕だって、それが何の血かくらい、分かってるのに。
それとも、カースは僕が分かってるから、見せたくないのかな……。
僕は、分からないふりをしておく方が、カースは心穏やかでいられるんだろうか……。
考えながら、少年は手の中に残ったひらひらをもう一度広げる。
肩紐と思われる部分を手にして目の前に掲げてみれば、服の形を象る黒くつやつやしたリボン以外は、全て向こうが見えるほどに薄い布でできている。
なるほど、確かに男が言ったように飾りでしかないようだ。
これを僕が着れば、カースは嬉しいんだろうか。
男ははっきり言わなかったが、どうやらそういう期待をして持ち帰ったもののようなので、少年はそれを着てみようと思った。
リンデルは、一枚きり着ていた簡素なシャツを脱ぐ。
この上から着るようには思えなかったので、きっと素肌に直接身につけたら良いのだろう。
裂けてる方が後ろだと言っていたから……。と裂けていない方を前にしてそれを頭からかぶる。
軽くて透ける布地は、肌に触れると普段の服よりもザリザリとした感触で、何だかちょっと、変な感じがした。
大人用だからか、丈はリンデルの膝を越えそうなほどだ。
少年が、下も脱いだ方がいいのかな? と一人首を傾げていると、小さな声が耳に入る。
「なっ……」
振り返れば、幕布を捲って入ってきたばかりの姿勢で、カースが手の甲で口元を押さえたまま、少年を凝視していた。
「お前……着たのかよ……」
男の手に、出た時に持っていた服はなかった。
どうやら外に干してきたらしい。
「これ、下も脱いだ方がいいの?」
鈴を転がすような可愛らしい少年の声が、とんでもないことを尋ねている。
カースはそのギャップと、ベビードールを纏った少年の愛らしさに動揺した。
ひらひらと繰り返し寄せられたフリルが、少年の薄い胸を飾っている。
肩紐だけで袖のない形は、真っ直ぐに伸びた腕の滑らかさも、華奢さも、十二分に強調していた。
「……カース?」
尋ねられて、男が一瞬息を詰める。
「あ、ああ……」
まだどこか呆然としたままの男に頷かれて、リンデルは、よいしょと下衣を全て脱ぎ捨てた。
少年が足を持ち上げると、たっぷりのギャザーが寄せられた布もまた、それに合わせてゆらゆらと揺れる。
あげた足に引かれて弛んだ布地が、少年の丸く可愛らしい尻の輪郭をなぞる。
静かなテントに、ごくり、と男が唾を飲む音がした。
「えへへ、どうかな、似合う?」
裸にベビードールだけといういでたちになった少年が、服の裾を指先で摘むと、令嬢が会釈するように可愛らしく、けれどどこか品のあるポーズを取る。
はにかんだ微笑みは、ほんの少しの気恥ずかしさを堪えているように見えた。
「……俺のために……」
男の口から、ぽつり言葉が零れた。
この少年が、こんな姿をしているのは、全て自分のためなのか……と。
理解してしまうと、愛しさは止めどなく男の胸に広がった。
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