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第3章
出発の日は嘘のように晴れていた。メア・ドゥリース帝国の気候のいいところを全て凝縮したような天気で、からりと晴れ、湿度が低く、風が優しくそよいでいる。
それとは裏腹にサリネの気持ちはどんよりと曇っている。
「そんな不貞腐れていたら美しい容姿が台無しだぞ、サリネ」
「黙れ、エレアザール」
なぜこんな日に元婚約者であるお前が見送りに来るのだ、という気持ちを隠そうともせず、サリネは更に不機嫌そうな表情をした。
「だけど、よく考えたら美人の不機嫌な顔っていうのは、一種のご褒美みたいなもんだな」
「お車にお乗りください、サリネ様」
エレアザールを遮るように従者のラヴィがサリネを車両に促す。エレアザールを無視し、前部にメア・ドゥリース帝国の帝章とシャルパンティエ王国の国章がついている車両にサリネは乗り込む。
後部座席に座ると、外からエレアザールに車窓をコツン、と叩かれた。ガラス越しに目が合う。エレアザールはジェスチャーで窓を開けてくれ、と示している。無視しようと思ったのだが、もう会えるのは最後かもしれないと思い、サリネは窓を開けた。
「サリネ、ニコラスはいい奴だ、だから大丈夫だ、お前のことを幸せにしてくれる絶対に」
「はあ、わかった」
エレアザールはなぜシャルパンティエ王国の国王で、サリネの夫となるニコラスのことを知っているのだろう。
それにサリネは幼い頃、留学で来ていたシャルパンティエ王国の姫と共に花や植物を育てていたことがある。
思えばあれはサリネの初恋だった。美しい金髪の姫君が帰国した後、どうなったのかは知らない。みんなそんな姫などいなかった、と言っており、煙に包まれたかのような気持ちだった。
どうやらエレアザールはシャルパンティエの国王と知り合いらしいし、もしかしたら姫についても知っているかもしれない。
国王のことや金髪の姫のことを尋ねようとした時、ラヴィが車の窓を閉めた。サリネが困っていると思ったのだろう。
ラヴィはサリネ付きの従者だ。シャルパンティエ王国へ一人だけ連れていっても良い、と言われ、サリネはラヴィを選び、ラヴィも快諾してくれた。
この車両の運転手もラヴィが努める。
無理に開けてもらう必要もない、と思い、サリネもラヴィに何も指示をしなかった。
母と父、兄や弟たち、仕えてくれた侍女たち、そしてエレアザールが旅立っていくサリネに向けて手を振っている。本当は首都の大通りをパレードのようにしながら行く予定だったが、サリネは拒否した。
一人息子との別れが悲しくて、立っていられないのか、時折よろけそうになっている母を父が支えているのを目ざとく見つけた。
サリネはそれを若干冷ややかな視線をで見ていた。
母のことは尊敬しているし、感謝している。だが、母のようにアルファに縋らなければ生きていけないようにはなりたくない。
やがて歓声が過ぎ去り、静かな道を車は進む。
「ラヴィ、私は到着するまで休んでいる」
「かしこまりました」
背もたれに頭までつけ、目を閉じた。車両の振動が気持ちよく、いい具合に眠気を誘ってくる。
サリネは不安な気持ちを押し隠すようにして、目を閉じ、微睡に身を任せようとした。
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