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第5章

シャルパンティエ王国の寒さを舐めていた、としか言いようがなかった。  サリネは黒い上着を着てこなかったことを早くも後悔し始めた。寒くて仕方なかった。だが身を縮こまらせ、腕で自分の身体を抱きながら移動するなんてみっともないことはできない。  無理矢理背筋を伸ばし、痩せ我慢をしている。侍女に上着を取ってきて欲しい、と言えば良かったのだが、なかなかそれも言いづらい。先ほどのおしゃべりな侍女は交代してしまった。こんな時に限って、ラヴィはいない。運ばれてきたサリネの荷物の片付けをしている。 (寒いっ、なんだこの国はっ)  暖かい気候で育ってきたサリネは自分が寒さに弱いことを初めて知った。移動しながら廊下で聞き耳を立てていると、今日は暖かいなんて会話が聞こえてきて、思わず驚愕する。シャルパンティエ王国の人間はどうやら寒さにかなり強いらしい。 「どうぞ、陛下がお待ちです」  侍女たちは部屋の中には入らないらしい。大きな扉を両側から開けてくれる。 「ありがとう」  サリネは部屋の中に足を踏み入れた。緊張して、感じていた寒さを一瞬だけ忘れた。この部屋にはサリネの夫となる男性がいるのだ。  おそらく客間の一つであろう部屋の真ん中には男性が立っていた。美しい金色の髪は短く整えられ、見る者に清潔感を与える。少しうねった前髪が一房、額にはみ出ているが、だらしない感じはせず、妙な色気を与えていた。  背の高い金髪の美丈夫は、黒色のタキシードを着用しており、サリネを見て、薄い水色の瞳を心底嬉しいとでも言うように細めた。 「ようこそ、やっとおいでくださいましたねサリネ様」 「初めまして、私はメア・ドゥリース帝国第五皇子のサリネ=サロメです」  初めまして、と言ったとき、男性の表情が僅かに揺れたような気がする。一瞬だけ、表情が強張ったように見えた。  だが気のせいだろう。男性とサリネは初対面だ。会ったことはない。  幼い頃出会った、あの金髪の少女しかシャルパンティエ王国に知り合いはいない。 「……僕はシャルパンティエ王国第十五代国王のニコラス・ジョルジュ・シャルパンティエです。お疲れでしょう、どうぞお座りください」  表情は元に戻っている。  促され、サリネは席についた。緊張でぎこちない動きになってしまったが、ニコラスはにこにことサリネを見ている。サリネの正面に座り、機嫌が良さそうに目を細めていた。 「何を飲みますか? お酒にされますか?」 「いいえ……、お酒はやめておきます。何か暖かいものが飲みたい。とにかくこの国は寒くて仕方ないので」 「ならホットティーにしましょう。ゼスター、ホットティーを頼むよ、僕も飲むからね」 「かしこまりました」  ゼスターと呼ばれた男性の使用人はすぐにポットとティーカップを二つ運んでくる。  ニコラスは立ち上がり、それらを受け取った。 「いいよ、僕が淹れる。トレーごと貸してくれないか?」 「かしこまりました」  ゼスターはニコラスにトレーごと渡すと、すぐに下がった。  そしてニコラス自らティーカップをサリネの右側に置き、ポットからお茶を注ぎ始めた。  それを見て、サリネははっとする。 「あ、陛下、わ、私がいれます」   国王陛下にお茶を淹れさせるなんて、メア・ドゥリース帝国から来た皇子は何と礼儀知らずなのだろう、と悪口を言われてしまうかもしれない。サリネは慌てて立ち上がろうとした。 「いいえ、座っていてください。僕がしたくてしているだけですよ、気にする必要はありません」  優しい言葉で諭されると、それ以上動けなくなってしまう。使用人も何も言わないので、もしかしたらこれは日常なのかもしれない。  だが、サリネはしおしおと身体を縮こまらせてしまった。  初対面のアルファの一挙一動に気分が上がり下がりするなど、自分らしくない。 「さあどうぞ飲んで、温かいうちに」  促され、ティーカップを口元へ持っていく。香りはとてもいい。口に含むと、独特の苦味と共にじんわりと暖かさが身体に染み渡った。 「美味しい」 「お口に合って良かった、僕も頂きます」  紅茶のおかげで緊張が少しほぐれる。 「ブローチ、晴蘭花でしょう? 貴方の紋章にもなっている。とても美しい花だ」 「知っているのですか?」 「ええ、昔、少年だった頃に少しの間、メアへ留学していたのですよ、その頃の夢は植物学者でした。国王になってしまったので、その夢は諦めましたが、今も趣味程度で花を育てています」  メア・ドゥリース帝国には他国からたくさんの留学生が来ていた。ニコラスもその内の一人だったのだろう。  晴蘭花もその時に見たに違いない。  何となく、あの少女とニコラスは兄妹なのかもしれないと思った。姉なのかもしれないが。  髪の色や目の色があの時の少女と同じだ。それに植物を研究したい、という夢も同じである。 「サリネ様は花がお好きでしたよね? また落ち着きましたら、僕の温室にいらしてください」 「お気遣い、ありがとうございます」  短い食事の時間だけでは、二人の間に流れるぎこちない空気感は終始拭うことはできなかった。  食事が運ばれてきても、緊張で味のことは記憶にない。美味しかったのかどうかもサリネは思い出せなかった。ただ疲れていて、早く横になりたい、と思っていたが、それを態度に出すことは意地でも絶対にしなかった。  送っていく、と言うニコラスの申し出を断り、食事後サリネは侍女と共に自室へと帰った。  長時間の移動と気疲れで、とても体調が悪い。部屋に帰ると、気絶するようにしてサリネは眠ってしまった。

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