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第7章

翌朝、サリネを起こしにきたのは侍女ではなく、サリネの屋敷には立ち入れないはずのラヴィだった。 「なぜお前がここに?」 「さあ? 国王陛下の指示だとか。これからはここでもサリネ様のお世話をするように、と言われました」 「そうか……、そうか」  ラヴィがいるのは心強い。見知った者が側にいてくれるだけで、安心感が格段に違う。  ニコラスがラヴィの出入りを許可したのは、昨晩のことがあったからだろう。  サリネは昨晩、部屋を訪れてきたニコラスを拒否し、部屋から追い出してしまった。  まだアルファに組み敷かれたショックがせべては抜け切ってはいない。ぼうっとしていると、洗顔やら着替えやらをラヴィに急かされる。  髪を梳いてもらっていると、侍女がやってきた。 「奥様、陛下から朝食のお誘いです」 「気分じゃない、断ってくれ」 「かしこまりました」  侍女が部屋から出ていくと、ラヴィは怪訝そうな声で尋ねた。 「良いのですか? 昨晩は初夜だったのでは?」 「あぁ、初夜のはずだった」 「というと?」 「怖くなって追い出した」  髪を結わえているラヴィの手がとまった。 「怖気付いた、ということですか?」 「質問が多いぞ、ラヴィ」  一から説明するのが嫌で、サリネはわざと不機嫌な声を出す。昨晩は完全に自分の失態だ。あまり口に出して言いたくはない。 「サリネ様」 「ああ、そうだ、オメガの私はアルファのニコラスに迫られ、怖くなって、突き飛ばしたんだ。帰れって怒鳴ったら、本当に帰っていった」  自棄になり、一息に説明する。わざとオメガという単語と、アルファという単語を強調した。ラヴィはもう髪を結い終えているが、サリネの後ろからは動かない。 「……愛想を尽かされますよ、貴方、容姿は美しいけれど、オメガにしては気性が激しすぎます」 「お前までそういうことを言うのか、私にオメガらしく、大人しく、アルファの言うことを聞けとっ!」 「サリネ様、俺は貴方のことを考えて言っているのですよ、ここへ来た以上、国王陛下には逆らっていいことはありますか? アルファの夫に刃向かい、得をするオメガの妻などいますか?」  オメガだの、妻だの、サリネが聞きたくないことばかりをラヴィは不躾に言い放ってくる。  生まれた時からずっといるからか、ラヴィは基本的にサリネに対して容赦しない。 「朝食だけでも、陛下とご一緒されたらどうですか?」  「う、うるさい、一人で食べるっ。今日は梃子でもここを動かないからなっ」  サリネはその言葉の通り、本日の予定を全てキャンセルして、部屋に閉じこもった。体調の悪い妻への見舞いと称してニコラスから贈られてきたものを断り、全て突き返す。  妻扱いされることにも納得がいかない。  世間はサリネに対して、『従順なオメガの妻』という役割を求めている。だが、それに対して徹底的に刃向かってやることを決意した。    体調が悪い、気分が優れない、と理由をつけて、部屋に閉じこもり、一週間が経つ。  その間、ニコラスからはひっきりなしにメッセージや贈り物が届くが、サリネは全て無視して、中身も見ずに送り返している。  終いにニコラスはラヴィに直接言伝を頼み始めた。 「サリネ様、陛下は本当に貴方のことを心配しているだけですよ」 「ふん、知るか。私は頼んでいない」 「そんなこと言って……、国に送り返されますよ」 「そうしてもらった方がありがたいぐらいだ」 「はあ」  ラヴィに盛大にため息を吐かれるのはこれで何度目だろう。だが、それぐらいでは言うことを聞く気にならない。 「私を簡単に物になんかできない、と知らしめてやる」 「もう十分みなさんわかっていると思います」  しかし部屋に閉じこもっているのも流石に飽きてくる。だがばったりどこかでニコラスと会ってしまったら、どんな顔をすれば良いのかわからないし、またひどいことを言ってしまうかもしれない。  サリネがぐるぐるとベッドの上で考えていると、侍女が部屋に入ってきた。 「奥様、陛下からですよっ、綺麗な花束です」 「ん、ありがとう」  花は好きだ。  今まで花の贈り物はなかった。興味を持ち、サリネはそれを受け取る。  侍女から渡された花束の中に晴蘭花が一本だけあった。メア・ドゥリース帝国でしか咲かすことができないほど、栽培は難しく、例え輸入してもすぐに萎れてしまうだろう。  なぜこんな美しく咲いている晴蘭花がここにあるのか不思議に思い、観察していると、メッセージカードを見つける。  いつもは中を見ないのに、サリネは興味を持ち、そのメッセージカードを開いてみた。 『麗しい砂漠の姫、愛しい妻サリネ様 美しい晴蘭花を貴方に送ります どうかご加減がよくなりますように ニコラス』  姫、妻、と言う文字を見て、サリネは眉を吊り上げた。 (私は女ではないっ、なのに姫だと、妻だとっ)  怒りで花束の根本を強く握りしめた。 「ラヴィ、私の着替えを用意しろ、陛下に会いにいく」 「あぁ、ようやくお会いになることにしたのですね」 「そうだ、文句を言いにいくんだ。金輪際、私のことを女扱いするな、と」 「……まあ何はともあれ、一度お会いになった方がよろしいでしょうね」   服装はシャルパンティエ王国のものではなく、メア・ドゥリース帝国で好んで着ていた服を選んだ。肩を大きく出し、足首が出ているズボンを履く。  シャルパンティエ王国は寒いので、肌を覆ってしまう服装が多い。『肌を見せない』という伝統は総じて奥ゆかしさ、と結びつき、正妃としての地位を持つサリネもその風習に合わせていたのだが、最早そんなことを考えるのも馬鹿らしくなってきた。  どこに行っても、私は私だ。  寒さ対策で、サリネはラヴィに毛皮のストールを持たせ、一週間ぶりにニコラスへ会いに行った。

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