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第10章
動揺して、すっかり花のことを忘れてしまっていたのだが、後日ニコラスからラヴィ経由でそれが届いた。
「陛下から『サリネ様はおそらく僕に会いたくないだろうから君から渡しておいてほしい』と言われましたよ、一体今度は何をやらかしたんです?」
「何もしてない……何も」
花瓶に飾り、テーブルの上に置いている。
あれから毎日のように行っていた昼食にも行きづらくなり、ニコラスとはあの日以来顔を合わせていなかった。もちろん温室にも近づいていない。
サリネは戸惑っていた。
男性アルファ相手にあんな感情になるなんて初めてだったのだ。
冷静に考えてみると、あの時の自分はニコラスに『抱かれたい』と考えていた。
(私は男だ……男なのに)
今でもニコラスの胸の厚さ、心地よい体臭を思い出すと、身体や顔が熱くなってくる。その度に頭をふり、邪な思いを消そうとしたが、好きだと自覚してしまえば唇もその先も、心も欲しくなる。
だが、男に、アルファに抱かれるという恐怖心がなくなったわけではない。
「何もなかったにしろ、何かあったにしろ、陛下のところへ行ってみてはどうですか?」
「……そうだな」
テーブルの上の花を見る。当初の予定ではこの花で押し花の栞を作る予定だったのだ。
「ラヴィ、分厚くて重い本と新聞紙を用意してくれ、あと透明なテープ」
サリネは花瓶から花を取り出し、タオルで水気を取り始めた。
出来上がった栞を手にサリネはニコラスのところへ向かっている。
これを脚立から落ちそうになった時に助けてくれたお礼と称して渡すつもりだ。
温室が見えてくる。サリネは走って行こうとしたら、何やら温室の中にいる人の数が多いことに気がつく。
「陛下っ、お考え直しください」
家臣たちの大きな声がした。サリネは反射的に物陰に隠れた。
「何度言っても意見は変えない、僕は側室など取らないからなっ」
ニコラスの言葉に心臓が跳ね上がる。サリネは物陰で更に身を縮こまらせ、聞き耳を立てた。
珍しくニコラスは声を荒げている。
「しかし奥方様との間に夫婦関係はないでしょう、ならば側室、愛妾を取り、お世継ぎをお作りにならなければなりません」
「彼はまだこの場所にも慣れていないだけだ、僕のことも怖がっている。時間が経てば解決するさ」
「その時間とは? 一体どれくらい待てば彼は陛下に応じてくださるのですか?」
「……もうすぐだ」
家臣は首を横に振りながら、悔しそうな声を出す。
「やはりメアの皇族はプライドが高いだけだ……、妻としての義務も果たさない、だから私は反対だったのです」
「その話は以前、終わっただろうっ、今更蒸し返すのかっ」
「とにかく、この一週間で一度も夜にお渡りがなければ、我々としても何か考えます。そうだ、ゼスターはどうですか? 彼もオメガだし、彼と同じ黒髪で容姿も美しいでしょう」
「ゼスターには夫がいるだろうっ、僕に間男になれ、と言うのかっ⁉︎」
まだ何やら家臣たちとニコラスは言い争っているが、サリネの耳には入ってこなかった。
サリネのせいで、ニコラスが家臣たちに責められている。それも初夜の際、サリネがニコラスを拒否し、それ以降ニコラスがサリネの部屋を訪れていないからだ。
それに今日から一週間、ニコラスとサリネの間に性行為がなければどうやら使用人のゼスターがニコラスのベッドに送り込まれるらしい。
「……い、嫌だ」
ニコラスがサリネ以外を大切に思い、抱くなんて信じられない。嫌悪感で身体に震えが走った。
だが初夜を拒否したのはサリネだ。ニコラスがサリネに性行為を強要しないのはあまりにもサリネが怯えたからだ。
優しいニコラスは力を持って、サリネを力づくで犯そうとはしない。その優しさに甘え、サリネも自分から誘いはせず、何となく流されていた。
だが、それでは国王として、世継ぎを作る役目を担っている者として、立つ瀬がないのだろう。
妾や妃を多く取っていた父の姿を思い出す。ニコラスにはああなってほしくない、などと勝手なことを考えている。
だがニコラスはサリネのせいで家臣たちに責め立てられているのだ。
サリネは拳を握った。
こちらから拒否した以上、性行為の誘いはサリネからするしかない。ちょうどいいことに今夜は発情期が始まる予定日だ。
ラヴィに言伝を頼んで、ニコラスには今夜部屋を訪れてもらおう。
男性に、アルファに身を委ねるのは怖い。けれども他の誰かにニコラスを盗られるのも嫌だ。
妻としての役割も果たさず、何を勝手なことを考えているのだろう、とサリネは自己嫌悪に陥る。
手に持った栞はその場に捨て置いた。こんなもの、もう何の意味もなさないだろう。作ったのがバカみたいだ。
サリネは再び来た道を戻り始めた。
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