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お茶会はお見合い?

「来てくれたんですね!」 「一応、約束だからな」  次の水曜日。  待ち合わせをしていた駅前のカフェ。  半ば強引に交換させられていた連絡先へのメッセージでやり取りはしていたけれど、実際に茂が現れれば、菜月はとても喜んでくれた。  先に来ていて席を取っておいてくれたらしい。  テーブルには、甘そうなクリームの乗ったコールドドリンクが置いてあった。  茂はカウンターで注文した、ごく普通のアイスコーヒーを置く。  菜月の向かいの椅子を引いて腰掛けた。 「今日のお仕事はどうでしたか?」  甘そうなドリンクにストローを入れて、軽くかき混ぜながら菜月は聞いてくる。  茂もストローからアイスコーヒーを飲みながら答えた。 「どうって……普通だよ」  だがそれはあまり気に入られなかったらしい。 「普通って言われても、俺は大学生じゃないですし、桜庭さんの生徒でもないんですからわかりません。なにをしたとか、楽しかったかとかが知りたいんです」  ごり押しである。初回の突撃とまったく変わっていなかった。  茂は内心、ため息をつきつつ、逆に聞いてみた。 「俺のことはいいだろう。きみはどうなんだ。学校とか」  聞き返されるとは思わなかったのか。  菜月はスプーンで生クリームをすくいながら、ちょっと目を丸くした。 「俺のことですか。うーん……高等部はまだ一ヵ月ってとこですけど、中高一貫なので、あんまり変わらないんですよね。友達もそのままですし、進級したような感覚で」  なるほど、いい私立校だからということか。  ごく普通の公立校しか経験のない茂には、あまりわからない感覚だ。  中学卒業のときには友達同士泣き合って、卒業しても遊ぼうな、友達だぜ、なんて言い合って……。  それとは感覚が違うようだ。 「授業もまだオリエンテーションとかばっかりで、それほど楽しいこともないですし……、うーん、なにを話せば?」  クリームをつつきながら困った様子を見せる菜月。  まったく、計画性というものがないのか、と思ってしまう。  大体、告白だって唐突だった……あ、いや、あれは一応『中等部を卒業したら』ということだったから、ある意味計画的だったのか。 「おいおい、それは俺も同じなんだが? 聞くだけかよ」 「そういうわけでもないんですけどね」  それで少しの沈黙になってしまう。  話も弾まないのに、俺といて楽しいんだろうか。  俺といたら楽しいと思えて声をかけたのだろうか。  すでに謎に思ってしまう。 「あ、じゃあ、一問一答にしましょうよ!」 「面接か?」  思いついたようで、スプーンを持ち上げて言う菜月。  茂はまた突っ込むことになる。 「いえいえ、そんな固いものじゃないです。じゃ、俺から……、そうですね、ご家族は?」 「お見合いか?」  もう一度突っ込むことになったが、別に話してまったく構わない内容だ。  アイスコーヒーをすすりつつ、答えた。 「フツーに両親と、あと兄と……。……今は一人暮らし」  ちょっとためらった。  素直に言っていいものかと。  だがそこまで踏み入った部分に関して、まだ知り合ってわずかなこの子に話さなくてもいいだろうと思ってしまう。 「なるほど。お兄さんはなにをされて……、あ、一問一答でしたね。じゃ、それはあとにして、次は桜庭さん」  しかし菜月はなにも気にしなかったらしい。  こちらに話を振ってきた。  やはり面接かお見合いじみている、と茂は今度、ツッコミではなく苦笑になってしまう。  こんなやり取りをするくらいには、お互いのことなんて知らない。  でもまぁ、仕事でも家族でもない話相手はだいぶ久しぶりだ。  少しなら付き合ってやってもいいか、なんて思ってしまう。 「んー……じゃあ、同じでいいか。ご家族は?」  聞かれたことをそのまま同じ言葉で返す。  膨れるか怒るか、もしくはツッコミかと思ったが、返ってきたのはどれでもなかった。  菜月は微笑を浮かべる。妙に嬉しそうだった。 「俺も両親と、あと妹……。妹はちょっと歳が離れてて、まだ幼稚園に通ってるんです」  妹。  話す口ぶりから、きっとかわいがって大切にしているのだろうなと思わされた。  次には菜月の質問がやってくる。 「じゃ、俺です。さっきの続きで、お兄さんは……」  菜月の質問はごく普通だったけれど、茂からの次の質問は違った。  なにしろ、はじめから気になっていたことがあったのだから。  それを聞いてみるのに絶好の機会だろう。 「答えにくかったらいいんだけど」  菜月はだいぶ残り少なくなっていた飲み物を、散漫にストローでかき混ぜつつ、「はい?」と答えた。 「その……、きみは男に興味がある、のかな」  こちらこそ聞きにくい、と思いつつも、気になることだ。  そりゃあ、男に交際を申し込んでくるくらいだから、まったく興味がないはずはないだろうとは思うが、それだって。 「ダイレクトですね」  菜月は微笑を浮かべた。  ストローから、ずず、とクリームを吸う。 「別にゲイってわけじゃないですよ。女の子を好きだったこともありますし」 「はぁ。じゃあ、なんだってこんなおじさんに」  純粋な疑問だったのに、菜月の視線はちょっとじとっとしたものだった。 「おじさんって。桜庭さん、まだ二十代、ですよね? おじさんには早いですよ」  何故きみのほうがそんな顔をするのか。  茂はよくわからなくなってしまう。  それにどうして二十代だとわかるのか。  でも菜月は、ちょっと逸れてしまった話題をそのまま元に戻してしまった。 「あんまりこだわりがないっていうか。いいなって思ったら、あまり気にしないですね」  それはだいぶフリーダムなことだ、と茂は思ったけれど、別段おかしいとも言えないので口には出さなかった。  男女どちらに恋をするタイプもいる。  それは性的嗜好として、普通に存在するものだ。  そして自分は……。 「じゃ、次は俺ですね。えーと、なににしようかな……」  ちょっとそわそわしてしまったのだけど、質問はまるで関係ない、「好きな料理は?」なんてものだった。  茂はだいぶほっとした。  「桜庭さんは男に告白されても大丈夫なひとですか」とか、「ストレートなんですか」とか、やってきたらどうしようかと思ったのだ。  だって、自分はこの子に聞いたことそのまま。  同性を好きになるタイプ、なのだから。  お茶の時間はたった一時間ほどであった。  菜月は聞きわけがいいことに、「あ、そろそろ一時間ですね。そろそろ帰ります?」なんて向こうから切り出したのだから。  はじめは短い時間でいい、と自分で言ったのは守るんだな、と茂は少々拍子抜けしてしまったくらいである。  そしてそう思ったことで気付く。  「もうちょっと」と言われたかったのだろうか、と。  いや、そんなはずはない。  仕事が早く終わる日だとはいえ、それ以上一緒にいたかったはずはない。  私生活でやることもあるのだし、それに電車で会う以外、ちゃんと会うのはまだ二回目の年下の高校生となんて。  なのでそのまま受け入れた。 「そうするか」  それでそのまま、実に健全な解散となった。  菜月は駅前まで一緒に出て、「ではまた、電車で!」なんて手を振り、やはり駐輪場のほうへ行ってしまった。  その後ろ姿をなんとなく見送った茂であった。  ブレザーの制服の背中はまだ小さかった。  そもそも小柄なほうだろう。茂と比べたらまだ十五センチほどはあるだろうと思わされる。  不思議な子だ、と思った。  さっきのやり取りの中で、一番核心に近かっただろう部分。  性的嗜好についてのもの。  あそこでは、茂が危惧したような質問がくるのが自然だった、と思う。  でも聞かれていたら、自分は困っただろうと思った。  まさか、ゲイだとは言えない。  だって、そうすればきっと喜ばれてしまうだろう。  少なくとも、性別で断られる問題はなくなるのだから。  あの子にとっては都合がいいはず、と茂は思った。  でもそれは聞かれなかった。  ある意味、不自然、だともいえるだろう。  都合がいいと思っておくべきか。  それとも「なにか裏があるんじゃ」と疑うべきか。  でも、『助かった』。  そう思っておくことにした。  少なくとも、今のところは。

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