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仕事と興味と休み前

 翌日、電車ではかち合わなかった。  茂は大体、毎朝出勤するものの、朝一番の授業や、朝からすることがなければ、受け持ちの授業に間に合うような少し遅い時間になることもあるのだ。  菜月は高校生、当たり前のように登校時間は決まっているだろう。  そういう日は別々の電車になるのだ。  だが茂はその日、ある場所でつい顔をあげてしまった。  それは菜月の乗ってくる駅である。今日は乗ってくる時間であるはずがないのに。  気付いてから自分の行動に驚いてしまう。  まるであの子が来るのを待っていたようじゃないか、なんて思ってしまって。  そして自分に対して気まずくなった。  どうも。  自分で思うよりも、あの子の言ってきたこと、『付き合ってほしい』は自分に効いてしまっているようだ、と。  受け入れる気はないけれど、興味がないとは言えないのではないか、と思う。  いや、興味って、『変わった子』に対する興味だけど。  そう思っておくことにして、膝の上に置いたタブレット端末に視線を戻す。  あちこちタップして、今日の授業についてのことを確認していく。  茂の仕事は大学工学部講師である。  どちらかというと理論を解説するほうの授業の担当だ。中学、高校であれば、物理の授業が該当するような授業。  実習担当であればもっと色々準備が必要になる。  材料や工具、用具の手配など。  こう呑気に重役出勤はできない。  だが茂の興味のあるのは、こういう担当なのだから、実習よりも論理学といえるだろう。  調べ物をし、突き詰めて考えるのが好き。  だから大学を卒業となるとき、講師を志望したのであるし。  幸い、成績も良かったのでそのまま通ってしまい、大学を卒業してからも大学には居続ける形で、なんとなく学生のような感覚が少し残っているような立場である。  今日の授業は新入生対象のもの。  あの子が言ったように、この時期はまだレクリエーションが多い。  これからどんな授業を受けるのかの説明。  グループや班分け。  方向性の希望聴取。  そんなスタートもスタート。  作業としては簡単であるが、生徒たちの進む道のはじめの一歩はこれで決まるのだ。気は抜けない。  そのうち、大学のある駅に着くアナウンスが流れた。  おっと、降りないと、とタブレット端末を閉じて、バッグにしまう。  駅に滑り込んだ電車を降り、駅を出て、大学へ向かう頃にはあの子のこと。  すっかり忘れてしまい、授業のことに頭は完全にシフトしてしまった。  季節は進んでいき、五月になった。  学生はゴールデンウィークである。  いい大人とはいえ、大学自体が閉まるのだ。  茂も休みになるのだった。  このあたりは職場に感謝しなければである。  菜月も「休みなんです! 桜庭さんもですか?」なんて嬉しそうに聞いてきたし、勿論「じゃあどこか遊びに行きましょうよ!」なんて誘ってきた。  それはお断りしてしまったけれど。 「きみとはたまに会うってだけの関係だろ。遊びに行く仲であるもんか」  そう言ったとき、菜月はあからさまに、しゅんとしてしまった。  流石に冷たかっただろうか?  不覚にもこちらのほうがそんなふうに思わされてしまったのだけど、意外と物分かりはよく、引かれた。 「そうですよね。じゃ、またゴールデンウィーク明けに」  意外なまでにすっと引かれ、そのまま休みに突入することになった。  大人のゴールデンウィークなんて、普通の休みが何日か続くだけだ。  はじめの日は、一日爆睡した。  夕方も近くにやっと起き上がり、やっとのろのろと活動。  明日からはなにかするか、と思ったものの、なにしろ恋人もいない身、友人たちは一般企業勤めが大半なので、普通に仕事があったり、ずらして取るスケジュールだったりした。  なので遊びの予定も入っていない。  だいぶ寂しいことかね、なんて思いつつ、スーパーに行くことにした。  冷蔵庫の中は空っぽなのだ。お腹は減っているし、コンビニよりスーパーが近いのである。  適当な服を身に着け、財布とスマホだけポケットに突っ込み、スーパーへ向かったのだけど。  スーパーに入って、店内を回って、レジ近くでビールの缶を手に取ったとき。  見知った後ろ姿を見つけてしまうことになる。

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