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6 複雑な気持ち
食後はロイが率先して後片付けをしてくれた。
「ユースケが作ってくれたから、俺は皿洗い」
ヒナトもよく洗い物をしてくれたのを思い出す。一緒に生活をしていたものの互いに時間が合わない時も多かった。だから二人でゆっくりと食事ができる日は少し特別。二人でメニューを考え買い物をし、一緒に料理をする。些細なことでも楽しんで、時間を大切に使っていた。料理があまり得意ではないヒナトは、自称洗い物係。「ゆっくりしてて」と俺に手伝わせずに、鼻歌まじりに洗い物をしていた。
洗い物をするロイの後ろ姿を眺めながら、不思議な気持ちになった。
耳に聞こえてきたのはヒナトがよく口ずさんでいた歌。このボロアパートはヒナトが亡くなってから俺が一人で越してきたから、実際はここには一緒に住んでいない。それなのに、目の前の狭苦しい台所で機嫌よく鼻歌を歌い洗い物をしているヒナトの姿が思い出の一部として頭に浮かんだ。
「さてっと、終わった。コンビニ行くんだろ? ボヤッとしてないで支度して」
「あ……ああ」
当たり前だけど、振り返ったのはヒナトではなくロイだった。なんとなくヒナトの笑顔が見られるような気がしていた俺は現実にひき戻され、懐かしい気持ちとちょっぴり寂しい気持ちが通り過ぎる。それでも嫌な気持ちにはならなかった。
「ユースケは毎日自炊して、ちゃんと食べてるの?」
「ん……そうだな、まあまあ、ってとこかな」
「なんだよそれ」
そうは言ったものの、半分本当で半分は嘘だ。ヒナトがいない生活になってからはすっかり食欲も落ちてしまった。食事どころか何をするにもやる気が起きない。仕事だって心因的な病気を理由に最低限にしか働けていない。これで何年もクビにならないのは奇跡みたいなものだ。毎日張り合いもないし、なんのために生きているのかさえわからなくなる。正直昼食もロイと半分こにしたあの焼きそばだけで事足りていた。
コンビニでカゴを持ったロイが俺の顔を覗き込んでくる。心の中を見透かされているようで居心地が悪い。でもそんな俺を非難することもなく、笑って「まあまあじゃダメだぞ」と、何を食べるか俺に聞いた。
「ひとりだとつい面倒で適当になりがちだよな。でもなるべく自炊して食べてるって頑張ってんな。偉いじゃん」
「だから、偉いなんて言われるようなことしてねえし」
「いや、俺だったらとっくにコンビニに頼ってるね。自炊なんて面倒なことしない」
ロイはとにかく俺のことを褒めてくれる。さっき酷い焼きそばを見てるはずなんだけどな。おまけに食ってるし。ロイは自分が食べるたまごサンドとカボチャのプリンをカゴに入れ、「ユースケはこれな」とツナマヨおにぎりと杏仁プリンを手に取った。
ヒナトの記憶があるから当たり前なのだろうけど、普通に俺の好みを把握して当たり前にそれらをカゴに入れるロイを見て、やっぱり複雑な気持ちになった。
「……俺、今日はパンにするわ。そこのハムサンドとってよ」
「そ? わかった」
コンビニで飯を買うときは決まって俺はツナマヨおにぎりを選んでいた。弁当はその時の気分、足りない分をおにぎりで補う。そのおにぎりはツナマヨ一択。パン派のヒナトはサンドイッチやバーガー類を好んでいたけど、俺は米派だからこういう時にパンを選ぶことはしなかった。
自分を知ってくれているのは嬉しい。でも今一緒にいるのはヒナトではない。そんなの当たり前でわかっているけど、仕草や口調が似ているだけで俺はどうしたってロイにヒナトを重ねてしまう。気がつけば「ヒナト」としてロイを見てしまいそうで怖いんだ。
「ここの線引きはしっかりしておかないとな……」
会計を済ませながら俺は小さく呟いた──
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