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15 引越し

 引っ越し当日はエイコさんが手伝いに来てくれた。 「まあ荷物も少ないし、楽でいいわね」  このアパートからロイの部屋に越すのだから、運び出す荷物はほとんどが俺のものだ。長くここに住んでいたけどエイコさんの言う通り、大した荷物もなくあっさり部屋は片付いた。物が搬出された後の空っぽの部屋を手際良く掃除をしてくれ、移動のための車までエイコさんは出してくれた。 「単身の引っ越しとは言え、大変だからね。こういうのは後からドッと疲れるのよ」  そう言って引っ越し先となるロイのマンションまで一緒に向かう。これから荷解きも手伝ってくれるらしく、ありがたいやら申し訳ないやら、本当に俺はエイコさんに頼りっぱなしだと呟いたら、「そんなの今更」と笑い飛ばされてしまった。 「あんたはもう私の息子みたいなもんだからね、なんでも頼ってちょうだいよ。もちろんロイ君も」 「はは、頼りにしてます。エイコさん」  いつの間にかロイと仲良くなったらしく、エイコさんは俺なんかよりずっとロイと楽しそうに会話をしている。俺はといえば辛い思いから逃げて来たのに、またその場所に向かっている。なんだか変な感じだな、と窓の外を眺めながら感慨に耽っていた。  エイコさんは俺のことを気遣い張り切って手伝いをしてくれたけど、実際のところロイが生活をしていた場所に俺が転がり込む形になるだけなので、荷解きも何もあっという間に片付いてしまい拍子抜けだと笑って帰って行った。 「………… 」 「ロイ? どうした? 疲れたか?」 「あ、いいや、大丈夫……」  静かになった部屋でロイが小さくため息を吐いた。心なしか少し元気のなさそうなロイを見て心配になり声をかけたけど「何でもない」とすぐにいつもの調子に戻ったから俺はそのまま残った荷物を整理した。以前同じ間取りの部屋に住んでいたから勝手もわかる。一つ空いている部屋を使ってくれと言われ部屋に入ると、神妙な面持ちのロイから改まって声をかけられた。 「ユースケ、本当に引っ越してきちゃったけどよかった?」 「いや、そんな今更でしょ。平気だよ、俺は。ごめんな、心配かけて……」  ロイの言いたいことはなんとなく伝わった。ロイがここに住んでいるとわかった時、俺が酷く動揺していたのを心配しているのだろう。でも、すぐに不安定になってしまう感情を押さえながら、俺は少しずつ前へ進むことができている。それは他でもない目の前にいるロイのおかげだ。俺は「ありがとう」と心からそう言うと、部屋に入って荷物を出した。 「あ、そうだ……なあロイ、これさ……」  俺は持ってきた例の箱から、ヒナトのマグカップを取り出した。 「これさ、ヒナトのなんだけど、ロイ、使う?」 「え? いいの?」 「うん、ロイが嫌じゃなければだけど」 「嫌なわけないよ! 嬉しいな。ユースケとお揃いみたいだ」  ヒナトが使っていたカップを使わせるなんてどうかとも思ったけど、ロイはこれといって気にすることもなく、むしろ自分が使うべきだと言わんばかりに喜んで受け取ってくれた。こんなにも嬉しそうな顔を見せてくれるとは思ってなくて、ロイの反応に少しだけ戸惑う。 「何だか元々自分のものだったみたいにしっくり来るんだ。変だよね……」  小さくそうぽつりと呟くと、ロイは俺からすっと目を逸らした。

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