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第2話
僕達は並んで駅までの道を歩き出した。あれこれと頭の中で話題を探すがどれも言葉にならなくて、少しの間沈黙が続く。
隆と比べてつまらないヤツと思われているかもしれない。帰る時間を少しずらせばよかったと後悔する。
「今夜は、思わぬ収穫だった」
沈黙を嫌ったふうでもなく、佐伯さんが独り言のようにポツリと口にした。
「収穫、ですか?」
意味がわからなくて思わず問い返す。普通にしていても聡明さを隠せない瞳が向けられるが、僕を見るその眼差しはどこか優しい。
「偶然君に会えた。そして、君の想い人がわかった」
耳を疑った。あまり驚いたので全身の機能が停止し、足はその場にストップしてしまった。
声も出せずただ硬直し、相手をみつめ返すことしかできない。
僕が止まったので、彼もまた止まった。そして微笑を浮かべたまま、僕の瞳から心の中まで覗き込もうとするかのように、さらに深くみつめてくる。
「君は、マスターのことが好きなんだろう? いつから? もうずっと昔からなのか?」
「な……なんのことか、わからないです」
やっと声が出たが、我ながら情けない消え入りそうなものになってしまった。
「隠さなくていい。君に誰か意中の相手がいるらしいことはわかってた。だって俺は、ずっと君を見てたんだからな」
脚が緊張で震えてくる。何を言われたのかわからない。だから当然コメントのしようもない。
彼は一瞬も視線をそらさずに、僕をみつめたままはっきりと告げる。
「須藤潤也、俺は君のことが好きだ。君は彼のことで頭が一杯で、気付こうともしなかっただろうが」
自分の精神状態をまず疑った。素面でこんなリアルな幻覚を見るとしたら、これはもう相当重傷だ。もちろんそれほど病んでいるつもりはないから、当然現実のことなのだろう。
でも、到底信じられない。
「嘘です」
「どうして?」
「だ、だって会社中の女性の憧れの的のあなたが、よりによって僕なんか……からかうのはやめてください」
「そんな性質(たち)の悪い冗談は言わないさ。どんなに女性に好かれても俺はゲイだし、タイプなのは君だ。そしてその君と初めてまともに言葉を交わして舞い上がったのはいいが、哀れいきなり失恋ってわけだ」
そう言って少し苦笑し、彼は促すように顎をしゃくり歩き出す。
その場に留まってこの緊張状態から逃れたい気持ちにかられたが、足はつられて動き出した。確かに嘘や冗談にしては唐突過ぎる。第一そんな嘘をついて僕をからかうことに、何の意味もないはずだ。
「あの、どうして……」
「うん?」
「僕がその、湯沢を好きだと……」
「そんなの見てればわかるさ。自覚がないのか?」
頬が赤らむ。傍から見て、そんなに想いがだだ漏れになっていたのだろうか。
違う、きっと佐伯さんの洞察力がずば抜けているのだ。
「でも彼の方は完全にストレートだよな。交際している彼女もいるみたいだし、どうやら君に望みはないように見えるね」
他人に断定されると、わかっていることでも胸が痛む。
「別にいいでしょう」
「悪いなんて言ってない。ただ、提案があるんだ」
いささかつっけんどんに返した僕に、彼はビジネスの話でも持ちかけるように冷静に切り出した。
「提案……?」
「報われない恋でも、彼に抱かれたいと思うことはもちろんあるんだろう?」
いきなり何を言い出すのだろう。
「そんなことっ、僕は……」
とっさに否定しかかった。でも断言することができない。
もちろん本当は、あるに決まっている。報われない恋だからこそ夢をみる。想い人のたくましい腕に抱かれ、淫らに翻弄される自分を想像して毎晩のように一人慰める。
その感覚だけでも知りたくて、一度思い切って同類の集まるハッテン場にフラフラと足を向けかけたことはあったが、結局勇気が出なかった。
「隠さなくていいよ。それが自然だ」
佐伯さんはそう言って微笑み、人として許されない欲望を許してくれる。その微笑は優しくて、生まれて初めて自分の性癖を理解してもらった安堵感を覚えてしまう。
それでもまだ落ち着かない。唐突にそんなあからさまなことを言い出した、彼の意図が見えてこないからだ。
「どうして、そんなこと言うんです」
「だから、提案だよ。俺を彼の身代わりにしていい。君の欲望を引き受けてあげる。押し留めている想いは、思い切り解放してしまえばすっきりするよ」
「え……どういうことですか?」
「俺と、体だけの関係を結ばないかってことだよ」
思いがけない申し出に仰天した。
「佐伯さんを、セフレにってことですか? そんなことできません」
「どうして? 彼への貞操? 意味ないだろう? 一方的な操立てなんて」
「そ、それだけじゃなくて、そんなの、あなたに対して失礼だ」
「俺の方から提案してるんだぞ。それに俺にも十分メリットはある」
「メリット……どんな?」
「君を抱ける」
射すくめられるようなまなざしに全身が震える。
彼は怯む僕から視線をそらさずに、いきなり腕を取った。熱が伝わり全身に回っていく。それだけで、ずっと抑えつけていた欲望が頭をもたげてしまいそうで怖くなる。
「俺の部屋で飲み直そう。もしかしたらその気になるかもしれないし、ならなければ帰ればいい」
腕を取った手に力がこもる。僕は頷くことも首を振ることもできないまま、タクシーに向かって手を上げる彼の横顔を呆然とみつめていた。
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