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第3話
バブル時代のトレンディドラマにでも出てきそうな洒落た高層マンションだった。彼の完璧にスマートなイメージを損なわない、シンプルだがセンスのいい部屋。でも僕にはその素敵な部屋や、15階からの夜景を堪能する間が与えられなかった。
熱い手に腕を引かれるまま、抗うこともできず寝室に連れて行かれ抱きすくめられた。近くなった彼の品のいいトワレの香りに酔ったようになり、そのキスを受け入れてしまう。巧みに動く舌が歯列をなぞり強引に割り込んで、僕の怯え引っ込んだ舌を絡め取り弄る。
これまでは女性相手の気の乗らないセックスしかしたことはなかったし、それだといつも自分がリードする側だった。こんなふうに力まかせに快感を引きずり出される口付けなんか、されたことがない。
渦巻いていた欲望が形になってしまいそうで、僕は顔をそむけ身をよじった。
「いっ、いやだ……」
「本当に?」
聞いてくる顔は悔しいほど涼しげだ。まったくがっついていないどころか、余裕たっぷりに僕を観察しているみたいだ。
「やっぱり、帰ります」
「駄目だ。帰さない」
「その気にならなかったら、帰ればいいって……」
「君を安心させて、ここに連れて来るための方便だよ。帰すもんか。俺はチャンスは絶対ものにする」
「そんな……!」
「君もここまでついて来たってことは、少しは俺の提案に興味があったわけだろう? 大丈夫、ルールは守るよ」
「ルール……?」
「俺はあくまで身代わりだ。君にとって都合のいい男に徹して、君の欲望を解消させてやることだけを考える。決してそれ以上は望まない。それでいいだろう?」
「そんなの……やっぱりおかしいですよ」
「でも、君はもう感じてる」
熱い右手が首筋から胸にかけてゆっくり滑り下り、意思とは関係なしに硬くなり始めていた中心で止まる。形をなぞるように繊細な指が動いて、僕は恥ずかしくなるような甘い声を漏らした。
「あ、ぁ……ん、やっ……」
それ以上は逆らえなかった。
セックスなんて女性とももうしばらくしていない。他人の手で触れられるとてつもない快感は、僕の理性を簡単に打ち砕いた。
ろくな抵抗もできないうちに、熱くなる体を呆気なくベッドに横たえられた。一枚一枚服を剥ぎ取られていくごとに羞恥が募ったが、それ以上に官能が満ちてくる。
こうなったらもうどうでもいい、いっそ早く触れられたい。たまらないこの疼きをなんとかしてほしい。
自分のみっともなく淫らな姿に眉をひそめているかもしれない相手の顔を見たくなくて、僕は瞳をきつく閉じる。
閉じた瞼の裏が急に暗くなった。何かでいきなり目隠しをされたのだとわかって、熱が一気に引いていく。僕はうろたえ不安な声を上げた
「な、なに……?」
宥めるように優しく髪を撫でてくれる手に少し安心したところで、甘い囁きが降りてきた。
「心配しなくていい。君にひどいことなんか、絶対しない。俺のことを見えないようにしただけだ。君は俺を湯沢君だと思って、自分の感覚だけを追えばいいから」
熱い手は頬に移り、首筋から胸に降りて行く。敏感になった乳首を撫でられ体がすくむ。一瞬だけ薄れた官能がすぐに戻って来る。
「俺はもうこれ以上しゃべらない。今君を抱いてるのは湯沢君だ。そう思えばいい」
彼の指は僕のわずかな反応を見逃さず、気持いいところを探っては愛撫を繰り返す。迫ってくる波に頭が飽和状態になって、次第に何も考えられなくなる。
もう、いいじゃないか。今夜だけ、言われるままに流されてしまおう。今僕に触れているのは隆だ、そう思ってしまおう。
罪悪感も羞恥心もいつのまにか遠くに流され、僕は感じるままに声を上げる。手でイカされて、挿入をためらう気配の彼に恥じらいもなく挿れてほしいとせがむ。どうせ今夜だけだ。彼は淫乱な僕に嫌気がさして、こんな提案をしたことを後悔するだろう。
彼は、言葉を発しない。わずかにも声を漏らさない。僕は視界を閉ざされている。彼の表情を見られないでいる。
閉ざされた瞼の裏に佐伯さんと隆の顔がだぶって映る。どちらに抱かれているのか、夢の中にいるようでもうわからなくなる。
彼の熱が少しづつ、僕の体を傷付けないようにしながら、深く奥まで入り込む。ゆっくりと揺さぶられ絶頂に誘われる瞬間に、僕がとっさに呼んだのは愛しい男の名前だった。
隆、隆、と呼ぶ声だけが虚しく消えていく。応えてくれる声はない。優しく背中を抱き締めてくれる彼は、決して声を漏らさないから。
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