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第8話

「なるほど、結構壮観だな」  中庭の中央に立ち、手をかざして空を見上げた佐伯さんが感嘆の声を上げる。抜けるような青空は一体どこまで届くのだろう。違う宇宙だろうか。もしかしたらどこかにあるかもしれない、天国までだろうか。 「ここでこうして空見てると、嫌なこととか忘れられるんです。なんか小さいことにくよくよしてるのが、馬鹿みたいに思えてきて」 「そうかもなぁ。俺も今度は抜け出してここに息抜きしに来ようかな」 「佐伯さんは目立ちすぎるから、きっとすぐにみつかっちゃいますよ」 「逃げ場なしか」  やれやれと肩をすくめる彼につい笑ってしまうと、優しいまなざしを向けられ胸が高鳴る。 「でも、最近はいないことが多いな」 「え?」 「3時に、ここに来ないだろ? 忙しいのかい?」 「それは……佐伯さんのせいですよ」  彼のせいで、彼のおかげで、僕は思い悩むことが少なくなった。彼の胸で泣かせてもらえるから、一人悩みを抱え空を見上げなくともよくなった。 「もしかして、俺がストーカーみたいに見てたのに気付いたから?」  真剣に困惑した表情は、どうやら本気で心配しているらしい。的外れな問いに思わず笑ってしまう。 「そうじゃなくて……つらいことは、あなたといれば忘れられるから」  彼の顔を見られなくて、空を見ている振りをした。温かい腕に背中から包まれるのを感じた。もちろん嫌ではなかったが、戸外で触れられることに慣れていない僕はわずかに身じろいだ。 「会社なのに……」 「誰も見てないさ」  髪に口付けられ息が乱れる。こんな場所でも感じてくるなんて、本当に我ながら呆れてしまう。でも心地よくて振りほどけない。 「俺は君にとって少しは役に立ってる。そう思っていいのか?」 「少しじゃなくて、たくさん。佐伯さんは僕で癒されるって言ったけど、僕の方こそあなたに癒してもらってるんです」  胸に回された腕にそっと手を乗せる。 「これからも、そばにいてほしい……」 「いるよ」  温かい囁きが胸を締め付ける。彼を縛る言葉を口にし、僕はまた罪を増やしていく。 「ごめんなさい……」 「君は俺に謝ってばかりだ」  そう言う彼の声は僕を許し、優しく包み込んでくれる。恨み言も言わないで、ただ僕の望むままに彼はそこにいてくれる。  見上げた空の青色が、なぜか今は少しだけ霞んで見えた。

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