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第12話
佐伯さんが途中でタクシーを拾っていないことを祈った。一刻も早く捕まえないといけない。でないと手遅れになる。そんな気がする。
外はもうすっかり闇に覆われていた。走る頬に冷たいものが当たる。雨だ。少しづつ勢いを増してくる。傘なんか持ってない。でも、僕だけじゃない。きっと、彼も濡れている。
道が二つに分かれる。駅へとまっすぐ向かう近道の大通りと、公園を横切っていく遠回りの迂回路。迂回路の方を選んだ。理由はない。勘だった。
激しくなる雨に人の姿は見えない。普段でも人気のない寂れた公園は、いつも以上に森閑としている。電球が切れたのか明滅する街灯の光の下に、雨の中特に急ぐ様子もなく歩いていく長身のシルエットを捉えた。
「佐伯さん!」
呼んだ。足が止まる。
追いついて腕を掴んだ。息が切れて言葉が出てこない。
「湯沢君は……?」
振り向かずに彼が問いかける。
「あいつは……追い返したよ」
「どうして」
「どうしてって……!」
「俺に気を遣っているなら必要ない」
「そんなんじゃない!」
沈黙。雨の音だけが、すれ違っている僕達の空間を満たす。
「今日、あの歩道橋の上で……」
彼が口を開く。こちらを向いてくれないまま、ただ闇をみつめて。
「君が足を止めたとき、今度こそ別れを切り出されるんじゃないかと思った。もう終わりにしようと、言われるんじゃないかって。本当は、俺はいつも怖がってた。いつか君が俺を必要としなくなる日がくるのを」
「僕にはあなたが必要だ!」
「君が湯沢君を諦めようとしたのは彼が婚約したからだ。それが今はまたゼロに戻った。障害がなくなったんだ」
「佐伯さん……?」
「今なら、告白してもいいと思う。彼は君を心から信頼している。もしかしたら受け入れるかもしれない。十年来の君の片想いが成就するかも……」
「佐伯さんは、僕が隆のものになってもいいんですか!」
彼の背中が震えた。雨が冷たい。きっと僕の体が熱くなっているからだ。
「確かに僕は、隆と同じくらいあなたのことが好きだとは言い切れない。それでも、あなたを手放したくないんだ。こんなの卑怯だって、自分でもよくわかってるよ!」
彼は答えない。動かない背中に向かって、僕は自分の想いを訴える。
「だけど、心からあなたを愛したいって思う気持ちは本当なんだ。あなたが想ってくれるのと同じくらい、僕だって返したい。これから、少しづつでもいいから、そういうふうな関係になっていきたい。そういうふうになれるんじゃないかって、最近思えるようになったんだ。それじゃ駄目ですか?」
掴んだ腕がわずかに震える。絶対に、離さない。振りほどかれても必ずまた捕まえる。
「それとも佐伯さんは、あんな関係で満足なの? 身代わりで……都合のいい人のままで、本当にいいの? 僕を隆に突っ返して、僕が幸せになればそれでいいって思えるの!? そんな程度の想いだったの!?」
「そんなわけ、ないだろう!」
腕を掴んだ手を逆に引かれた。次の瞬間には、僕は彼の胸の中にいた。
思い切り抱き締められて息が止まるかと思う。いつだって宝物を扱うように優しく僕に触れていた彼に、これほどストレートに情熱を向けられるのは初めてだった。
「そんなわけ、ないだろう。どんなに愛してるか、わからないのか」
僕は目を閉じる。僕の体と同じくらい熱い、彼の胸に震える身をまかせて。
「教えて……佐伯さんの、本当の気持ちが知りたいよ……」
「後悔しても遅いぞ。もう、」
あいつには渡さない、と熱い囁きが耳朶を打った。
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