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第13話

再び僕の部屋に戻ったときには、2人ともバケツの水をかぶったみたいにずぶ濡れになっていた。6月でもそれだけ雨に濡れれば体はすっかり冷たくなっていたが、寒いとは感じなかった。  もう何度も体を重ねたはずなのに、まるで初めてみたいに緊張する。それでいて早く触れてほしくて、全身が昂ぶり熱を持っている。 「潤也、とにかく服を脱いで。風邪をひくから」  僕が持ってきたタオルで髪を拭いてくれながら、佐伯さんが囁く。心配そうなその声も今はどこか熱っぽい。  本当のことを言うと、髪を乾かすのももどかしい。服なんかさっさと脱いでしまいたかったけれど、自分だけ脱ぐのもなんだか恥ずかしかった。 「晃一さんも、脱いで」  名前の方で呼んでみた。それだけで、また一歩彼に近づけた気がした。  彼も焦れているのだろう。髪を拭くのもおざなりにして、僕のパーカーをたくし上げる。僕も彼のTシャツに手をかける。自分で脱いだ方が早いのに少しでも相手に触れていたくて、互いに服を取り合っていく。  すべてを取り去られ抱き寄せられただけで全身が震えた。初めてこの目で見る無駄な肉の一切ついていない引き締まった彼の体は完璧で、思わず溜息が出た。貧弱な自分の裸体に今さらながら引け目を感じて身を引こうとするが許されず、強引に引き寄せられた。 「寝室は?」  彼の問いに僕は続き間を指差す。  いきなり抱き上げられて息が止まりそうになった。標準体重以下とはいえ、僕だって男だ。そう簡単に持ち上げられるほど軽くはないはずなのに、彼はまったく重いという顔をせず僕を運んでいく。ベッドに下ろされると、見たこともないほど深い熱を帯びた瞳が見つめてきた。 「今夜は、晃一さんを見ていたい」  目隠しをしないでほしいという僕の意図が伝わったのか、彼は額にキスして言った。 「わかってる。もうルールは終わりだ」 「ルールは、これからは、なし?」 「ああ。今夜から君は、俺の恋人だから」  深いキスが唇に下りてきた。熱い舌を進んで受け入れて、自分から絡ませる。所有権を主張するみたいに口腔をかき回されて、それだけで感じてくる。 「んっ……ふ……」  わずかに離れた唇から吐息が漏れる。何度も繰り返し唇を合わせ舌を吸われ、それだけで達してしまいそうになる。  長いキスの後、名残惜しそうに離れた彼の顔を見る。その頬に指を触れる。 「いつも……そんな顔してたの……?」  閉ざされた視界の中想像していた表情とまるで違っていて、僕は思わず聞いてしまう。 「俺は今、どんな顔をしてる?」  自分でもわからないのだろうか。クールでパーフェクトな佐伯晃一とは思えない、あまりにも余裕がなくて、見ているだけで胸が痛くなってくる切ない表情。 「もっと早く、見せてくれればよかったのに」  そうしたらきっと、もっと早く彼を選んでいた。どれだけ深く愛されているのか、すぐにわかったから。 「見せたくなかった。見たら、君は優しいから、きっと困っただろう」  こんなに愛してくれていた人を、僕は違う男の身代わりにしていたのだ。僕が腕の中で隆の名前を呼んだとき、一体彼はどんな顔で耐えていたのだろう。どんな悲しみを堪えてくれていたのだろう。 「ごめ……」  また謝りかけた唇を、ついばむようなキスでふさがれた。 「もういい。もう、謝るな」  低い囁きが全身を熱くする。 「もう一度だけ聞かせてくれ。本当に、俺でいいのか」 「晃一さんがいい……」  恥ずかしいくらい頼りないかすれ声になってしまったが、その言葉を受け取った彼は切なげに目を細めて両手で僕の背中をかき抱いた。 「潤也……潤也」  愛してる、と耳に届く甘い囁き。うっとりと目を閉じてしまいそうになるのをこらえ、彼の背を抱き返す。  この目をしっかり開いて、彼を見ていたい。全身で感じていたい。  今日はいつもより明らかに余裕のない彼の指先が胸元をさまよい、突起を探り当てる。すでに恥ずかしいほど尖っているそこを、指先が摘み上げ、唇が吸い上げる。軽く歯を立てられ、僕は思わず溜めていた息を吐いた。淡い痛みすら快感に変わってしまう。 「や……どうし……今日いつもと、なんか、違……」  いつも彼の愛撫はどこか遠慮がちでもどかしく、僕だけが翻弄され乱されていたのに、今夜はやけに性急だ。腿に当たる中心も完全に昂ぶり主張している。いつもは僕が挿れてとねだるまでは、その部分の先端ですら触れないようにと気を遣っているようだったのに。 「セーブしてる余裕がない。今すぐ欲しいんだ。がっついてみっともないのはわかってる」 「だ、だって、今までは……」 「君は俺のものじゃないといつでも言い聞かせてたから、そのつもりで触れてたんだ。本当はロックをかけないで、思う存分抱いてみたかった」 こんな切羽詰まった彼を見るのは新鮮で、戸惑いもあったがむしろ嬉しくてたまらなかった。もっと本当の佐伯晃一の顔を、僕だけに見せてほしかった。 「じゃあ、今日からはそうして」  胸の上に顔を伏せている彼の頭を両手で挟み、目を合わせてねだる。目隠しをされていれば平気で言えることでも、見つめ合いながらだと少し恥ずかしい。 「晃一さんの、好きなように抱いていいよ」 「馬鹿……そんなこと言うな。もうかなりヤバいのに、止まらなくなるだろう」  そう言うなりいきなり両膝裏を持って足を抱え上げられ、有無を言わさず開かされた。反射的に閉じようとしたけれど、許してもらえない。 「い、いやだっ、見ないで……」 「好きにしていいって言っただろう」  固定された大腿をさすられ口付けられて緊張が抜けていく。それでも後孔に湿った柔らかい感触を覚えた瞬間には、思わず羞恥の声を上げてしまった。その温かいものが彼の舌だとわかったからだ。 「こ、晃一さんっ……や……そんなの……っ」 「潤也、じっとして。大丈夫だから」  目は閉じたくないと思ってはいたけれど、さすがに両腕で顔を隠してしまう。怖いわけではなくてただ恥ずかしい。でも今夜この部屋に彼を泊めることは予定していなかったから、潤滑剤の類は全然用意していなかったし、ここまできてそれに代わるものを探し回るほどの余裕が彼にも僕にもないのは確かだった。  どうしても閉じてしまうそこを割って、舌が忍び込んでくる。始めは拭えない違和感。それに慣れてくると、入口に少しだけ入り込み中で動く感覚を追うように、自然に腰が動いてしまう。 「あぁ……っ、や……ダメだ……」  口では拒んでも、触れられてもいないのに先端から絶え間なく蜜をこぼす僕自身が裏切っている。それも今あますところなく彼の目にさらされていると思うと羞恥はさらに募った。 「潤也……気持ちいいか」  ほぐれてきたそこに今度は少し硬いもの――おそらくは指を出し入れしながら、彼が聞いてくる。憎らしい。そんなわかりきったことをわざわざ聞くなら、前みたいに黙っててくれた方がましなくらいだ。それでも嘘はつけなくて、僕は甘い声で喘いでしまう。 「ん、いい……気持、いいよ。前も、触って……」  もう片方の手が求めに応えるように幹に触れてきた。掌全体で先端を優しく包むように揉み上げられ、あまりの快感に腰が浮いた。 「あ……ンっ……も、もうっ……」  そんなにもちそうもないと思ったところで、彼の手が離れた。 「まだイくなよ」  もの欲しそうに収縮を繰り返しているだろう後孔に、彼自身が押し当てられる。何度も受け入れた、もうすでにその形までこの体で覚えさせられているもの。でもなぜか、繋がるのは今夜が初めてのような気がしてしまう。 「もう少し慣らしてやりたかったけど、もう限界だ。キツイかもしれないけど力抜いてて」  四肢をなんとか脱力したところで、まだ十分にほぐれていない後ろに彼のものが入ってくる。いつもより早い。 「あーっ……や、待っ……」 「潤也……っ、拒まないで……受け入れてくれ」  抱え上げた脚を撫でられて少し緊張が解けると、そのまま一気に熱が侵入してきた。今までのゆっくりと時間をかけて求めてきた彼とは別人のように、情熱的に押し入ってくる。  僕は顔を隠していた両腕を解いて、目を開ける。今僕の中に深く体を埋めているのが、佐伯晃一であることを確認する。強く締め付けられ眉を寄せていた彼が、僕の力が抜けると官能に体を震わせ息を吐いた。  その端麗な顔が快楽を貪る様があまりにもセクシーで、恍惚と見惚れてしまう。もっと触れたくて両腕を伸ばすと彼の方から抱き寄せてくれた。 「大丈夫か……? 痛くないか?」  僕は首を横に振り微笑む。これまでだって繋がっているとき、優しい彼は本当は僕を思いやっていつもそう聞きたかったんだろう。でも、できなかった。声を発しては、身代わりの意味がなくなってしまうからだ。 「うれしい……」  素直に言葉が口をついて出た。彼が目を見開く。 「なんだか、初めて一つになれたみたいだ」  僕の言葉に彼は一瞬切なげに眉を寄せると、頬と唇に軽くキスしてからおもむろに腰を使い始める。浅いところまで引かれ、深く穿つ動きはいつもと同じだ。それでも感じ方が前とは全然違うのは、きっと気持ちが違うからだ。 「あっ……ああ、ンっ……やっ……」  全身を揺さぶられる浮遊感。熱い彼のものが浅い部分のもっとも感じるポイントを掠めるたびに、僕はたまらず声を上げる。 「潤也……俺のものだ……もう絶対、離さない」  これまでは僕の嬌声だけが響いていたのが、今は彼の官能に濡れた声と吐息が一緒になっている。  もう頭の中に隆の幻影はない。僕と繋がっているのは佐伯晃一であり、僕はその事実を全身で受け入れている。  彼の手がもうどうしようもなく昂ぶっている僕のものにかかった。穿つ動きに合わせてゆっくりと扱き上げる。 「晃一さん……晃一さん……っ」  うわ言のように彼の名前を呼ぶ。高見に上り詰め弾ける瞬間も、僕は彼の背中をかき抱きその名を呼び続けていた。

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