18 / 46

梅本の場合 1

 梅本貴大は、その日恋に落ちた。  入学式に出る新入生たちが、桜の散る中を希望に満ち溢れた顔つきで、スーツに身を包み講堂に向かって行く。新入生歓迎のプラカードを掲げて出迎える学生の中に混じって、梅本も新入生達に声援を贈っていた。  次々通り過ぎていく新入生の中にいる一人の男子学生に、ふと目がとまって梅本はハッとした。他の学生とは違う『輝き』をのようなモノを感じたのだ。顔立ちが美しいというのもあるが、何か、こうオーラとでも言うのか、包み込む様な光が見えた気がした。  胸がキュッと掴まれるような、切ない気持ちを、何だろうなと考えると思い当たる事は一つだ。春休みに入る直前に年上の彼女に振られ、暫くは恋愛なんて、と思っていたのに、人間は懲りないものだなと自分に呆れもしている。中学生の頃に自分の性癖に気付いて以来、同性に恋をする事にも戸惑いはない。  気持ちを確信すると彼に吸い寄せられるように目が離せなくなり、結局、彼が講堂に入って見えなくなるまで、ずっと目で追っていた。そして、「美しい人は輝いています」なんて加藤教授が言ってたな…と昨年受けた美学の授業での内容をおぼろげに思い出していたのだった。 しかし、入学式の日以来、ずっと探しているのだが、その新入生とはすれ違いもしない。広いキャンパス内だ。学生の数もそれなりで、学部が違えば四年間顔を合わさない事だってざらにある。だから、こんな状況も当たり前といえば当たり前だった。が、そうは思っても、脳裏に焼き付いたあの姿を忘れる事は出来ない。そして会えないまま四月が終わり、GWに入ってしまった。  ところが休みが明けたその日、図書室で本を借りていると、彼がふらりと入ってきたのだ。恋い焦がれたその姿を目の当たりにすると、駆け寄って、久しぶりだな!と声を掛け、抱き締めてしまいたい衝動に駆られたが、一方的な気持ちだったのだと思い留まる。  彼は辺りを見回した後、軽く手を上げてそちらに駆け寄って行った。その先を目で追うと、同期生の高木がいる。どうやら、二人は知り合いで、待ち合わせをしていたらしい。軽く挨拶をすると、すぐに書架に移動してしまった。しばらくして戻ったときには数冊の本を抱え、二人は笑顔で言葉を交わしている。 高木め!抜け駆けしやがって…と嫉妬心に駆られながら、様子を見ていると、 「高木さん、ありがとうございました。また色々教えて下さいね。」 そう言って、彼は深々頭を下げ、高木に挨拶をして、貸出カウンターに行ってしまった。手続きを終えた彼が去るのを見届けると、高木の側まで歩いていき声を掛ける。 「よっ!高木。何やってんの?」 「しっ!図書室!」 と小声で窘められたので、声をひそめる。 「珍しいじゃん、図書室なんて。」 「失礼な奴だな。サークルの後輩にレポート課題の参考資料を教えてやってたんだよ。」 思い込みかもしれないが、高木が何となくデレている気がする。 「へぇ、何サークルだっけ?」 「映研、映画研究会だよ。」 入学式から一月以上、まるで分からなかった彼の情報が一つ、あっさり手に入ったのだ。梅本は高鳴る鼓動を悟られぬように、平静を装いながら、高木に問いかけた。 「さっきのヤツ、名前なんて言うの?何学部?」 「え?何で?」 「あぁ、いや、なんか目立つヤツじゃない?なんか気になってたんだよね。」 本当のところは入学式で一度見かけただけなのだが。しかし、高木は納得したように、 「確かにな…。背もあるし顔もいいし目立つと言えば目立つよな。松井って言うんだよ。松井和輝。でも、見た目と違って喋りやすいし、良いヤツでさ、人懐っこくて、かわいいんだよな。アイツで一本撮ろうって話も出てるんだよ…。」 彼の事を喋り出すと止まらないといった雰囲気の高木の話を喰い付くように聞きながら、 「へぇ、そうなんだ。松井和輝…ね。」 彼の名前を噛みしめるように繰り返した。 髙木に嫉妬しつつも、まあ良い、絶対モノにしてやる…と一人闘志を燃やしながら、その時は高木と別れたのだった。

ともだちにシェアしよう!