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梅本の場合 3

 梅本が大学近くの繁華街にある、その居酒屋に着いた時、そろそろ会が始まろうとしていた。先ずは高木を見つけて同じテーブルに席を取る。結構知った顔も多く、お前映研だっけ?と何人から聞かれたことだろうか。しかしその都度、適当に誤魔化してへらへら笑うのだった。  店内をぐるりと見渡すと、一番遠い席に松井和輝が座っていた。松井の隣は新入部員で、向かいは梅本と同期の女子学生の金子と山崎だ。この二人はかなりの面食いで、間違いなく松井和輝狙いだろう。 女子の猛アピールに多少の焦りを感じていた梅本だが、まだ確証はないものの、自身の見立てでは松井は女子が苦手だ。それが証拠に、金子や山崎に話しかけられても何となく俯き加減で、時折笑顔を見せる程度で返事も殆しない。高木と喋ってる時と全然違うのが見て分かる。 強張る表情の松井を遠くから、同情しつつも、そんな姿もかわいくて、つい観察してしまう。が、そろそろ助け舟が必要そうだ。 梅本は立ち上がると金子と山崎の間に無理やり割り込んだ。二人の女子が左右に倒れて、一斉に文句を言う。その瞬間、松井が笑った気がした。 「やだ、もう!梅本くんったら!」 言葉とは裏腹に嬉しそうにな山崎が、そう言えば、と梅本に話を振ってきた。 「梅本くんって彼女いないの?」 「いたよ。ちょっと前に別れたけど。」 「え?マジで?同期?」 「いや、先輩。こないだ卒業したんだけど、『アタシも仕事忙しくなるだろうし、学生みたいに暇じゃないからもう会えないねっ』て、彼女の方から言ってきたんだよ。それで呆気なく春休み前に終了〜って感じー。」 「ええぇ、振られちゃったの?梅本くんが?かわいそー!」 「え?そお?いま独り身なのよ…誰か癒やしてくれないかなぁ。」 梅本は、話題に乗じてそれとなくフリーをアピールするが、向かいに座る松井和輝の視線は冷ややかだ。二人の間に割り込んだ瞬間には笑顔が見えたと思ったのになと考えてからハッとした。男が好きなら、女がいたと言うのは逆効果ではないだろうか…と気付いたが、まぁ仕方ないと気を取り直して、今度は松井に向かって名指しで話しかける。 「松井くん、だよね?」 「ええ、はい、松井です。はじめまして…ですかね?顔覚えるの苦手で…前に会ってたら申し訳ないんですけど……」 口籠りながらやっとの事で言葉を発する松井に、 「いやいや、全然!初めまして!いやぁ、会えて嬉しいよ」 と思わず本音がこぼれた。それから5人でひとしきり盛り上がったが、梅本が松井にばかり話しかけるのが退屈になったのだろう。金子と山崎は、別席に移動していく。それに誘われるように松井の同期生も一緒に席を移って行った。 「作戦成功。」 松井がきょとんとした顔で見つめ返した。 やっと二人だけで話が出来る。梅本としては、なんとしても今日、自分を認識して貰わなくてはならない。次に大学で会った時に、誰でしたっけ?なんて言われる訳にはいかないのだ。ちゃんと印象付けておかなくては、とかなり前のめりになっている。 「ねぇ。松井くんって何でこのサークルに入ったの?役者志望とか?」 「え?そんなわけ無いですよ。見た目こんななんで…ただ、昔から映画見るの好きだったから……」 語尾が小さくなって聞き取れない。 「いやいや、カッコいいよ、松井くん!で、どんなジャンルが好きなの?」 「昔のイラン映画とかあとは、インド映画とか…かな…。父親が好きで一緒に見たりしたんで…」 へぇと感心しつつも、自分自身映画には全く興味がなく、松井の言った映画がどんなものかも分からない。拡げられない話題を選んだ自分自身を恨みつつ、適当に話しを続けるが、質問も回答もすっかり的外れだったのだろう。呆れた果てたらしい松井の返事が更に素っ気なくなり、最後の方は何にでも 「はぁ、そうっすね…」 とだけ繰り返すようになっていた。これはもう、完全に失敗だ。あんなに慎重に事を運んだはずなのに…  

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