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和輝の場合 Ⅱ 4※

 部屋に入ると、『先生』が椅子に座って、こちらを向いていた。ここで会うの、久しぶりだねと言う先生の顔を、見る事が出来ない。でもその声はあの時のままだった。俯いたまま立っていると、『先生』が近づいてきて俺の腕に手を掛けた。 そしてそのまま俺を抱きしめて、耳元で今でも愛しているよと言う。もしかしたら本当なのかもしれない、と期待する気持ちを振り払って 「嘘だ!じゃあなんで結婚したの?」 という俺に、仕方なかったんだよ、社会的な結婚さって言った。一番大切なのは君だよ、って。狡い大人……。じゃあ、社会的に認められない俺たちの関係は?例えこの先、関係を続けたとしてもこのまま誰にも明かす事のできない関係なんて……。 『先生』が抱きしめた腕に力を入れてきて逃げられない。そしてそのまま、前みたいに唇を覆われた。でも、抵抗しないで、そのままそれに応じてキスを深める。君もキスが上手くなったねと『先生』が言うのが憎らしい。 「あんたが教えたんでしょ?」 と言ってやると、ふふふっと笑い返してきた。それから俺は跪いて先生のスラックスの前を開けた。ボクサーパンツの中で窮屈そうにしている『先生』の分身を取り出して、口づける。あぁ『先生』の匂いだと深く息を吸った。それから『先生』がもう良いよって言うまでフェラをする。その後はいつも通りだった。脱がされて指で慣らされて、後ろからガツガツと突かれた。『先生』はスラックスの前を開けただけだ。そう言えば、『先生』の素肌に触れたことが無かったなって今頃気が付いた。それから覆いかぶさってきた先生に愛してるよと言われたんだ。 でも、これが最後だ。こんなのが愛の筈がない。『先生』と付き合い始めた頃の幸せだった思い出に涙しながら、『先生』が終わるのを待った。幸せだとか愛情なんて感じられない。ただ虚しいだけの時間だった。 だから最後に、さようなら、俺はもう、愛していないよって言って部屋を出たんだ。 外に出ると、空が真っ赤に染まっていた。子供の頃、夕焼け空を見るのが大好きで、家に帰りもしないで、日が沈むまで眺めていたなと思い出す。こんな気持ちなのに空の赤さに心を奪われている。暖かな赤い色に心も温められたように感じて、一瞬気持がスッキリした気がした。 さよならと言った時、最後に『先生』の目をしっかりと見たんだ。『先生』は少しだけ寂しそうに見えた。でも、こんな大人、俺から捨ててやれば良いんだ、そう思った。  でも、日が沈んで夕闇に包まれると、また気持ちは逆戻りだ。大好きだった『先生』とずっと一緒にいたかった思いが悔しさになった。『先生』が俺の中に注いだものが後ろから足を伝って流れ落ちていく。一人で思い切り泣きたかった。だから、駅までの道をバスに乗らずに歩いて、45分掛かって駅についた頃には涙は乾いていた。  卒業式の日、友人数名と校舎内を巡った。それぞれの場所に別れを告げて歩いていく。数学準備室の前を通りかかると、中に灯りが点いていた。『先生』がいるんだなって思って思うと胸がギュッと締め付けられる。小窓をチラッと覗いたら、丁度ガチャリとドアが開いた。 不意に現れた『先生』に友達みんな沸き立った。 「センセー!お世話になりました!」 全員並んで頭を下げる。一瞬驚いた顔をした『先生』だったけど、温かな表情でみんなを見ている。そして 「お前ら、卒業しても頑張れよ!たまには顔見せに来いよ!」 ってエールを送ってくれた。みんな、はーい!と返事して去っていく。俺は最後尾を歩いて最後に振り返った。 『先生』が何か言いたそうな顔をして、俺に向かって片手を挙げたから、俺もそれに応えるように手を高く挙げて言ったんだ。 「先生!さよなら!もう二度と来ないよ!」 それからすぐに背を向けた。振り返らない、もう二度と振り返らない。前だけ向いて歩くんだって心に決めて歩き始めた。 和輝の場合 Ⅱ 終

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