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しつこい人 3
「話があるんだけど!」
慌てちゃって思ったより勢いのある言い方になった。
「何?やっと話す気になった?」
先輩が身を乗り出して、食い気味なのが怖い。
「ならないよ、前にも言ったけど、話す気無いから。」
「じゃあ、話すことなんかないだろ?」
全く、頑なヤツだな。
「はぁ…全く。何でそんなに拘ってるの?聞いたらスッキリするの?」
「スッキリしないかも知れない!でも今よりは良くなる……多分。」
その自信は何処から来るんだよ…
「でもさ、人には話したくない事ってあるでしょ?」
「そりゃそうなんだけど。気になるんだよ。」
先輩が言い難そうに下を向きながら、もごもごしてる。
「だって和輝、俺とエッチしてる時、たまに別の事考えてるみたいで、気持がここに無いって言うか、なんかさ…」
そこで一度言葉を切って、俺をじっと見つめてきた。
「そういう時、俺じゃないヤツのこと考えてるって分かるんだよ。だから……。」
あぁ、そういう事ね。そうかも知れない。先輩案外よく見てる。感心しちゃうよな、全く。思い当たることは………ある。ごめんね、それは否定できない、と心の中では謝ったけど、表向きは認めちゃいけない気がした。
「まだそいつの事が忘れられないんでしょ?」
「それは無いって!ありえな…」
先輩は、一度話し始めたら止まらなくなってしまったらしい。
「和輝、俺が口でするの、めちゃくちゃ嫌がるじゃん。俺、そう言うの慣れてないけど、そんなに下手かなって。前のヤツと比べられてるのかなって、イヤなんだよ。
それに、初めての時の、キスもめちゃくちゃ上手くてびっくりしたしさ…初めてじゃないの、分かったし。
俺なんて、童貞じゃないってだけで大してテクニックもないしさ……」
そこまで気に病んでるなんて知らなかった…でも、ホントに、思い出したく無いし口に出したくないだけなんだ。それに、あんな人の事、先輩と共有したくない。
「そんなの、こいつ魔性の男なんだなって思ってりゃ良いじゃん。一々過去の事を詮索してたら、先輩だって辛いでしょ?」
「そうかも知んないけど!」
別に面白い話でもないし、かわいい初恋とかでも無い。でも、ここまでしつこいと、もうどうでもいい気持ちになる。
「じゃあ話すよ!相手が大人で、何も知らない高校生を自分好みに調教したの。それを愛だって勘違いしてさ、クソ真面目に信じてたってだけの話だよ。これで良い?」
先輩が一瞬固まって、言葉を失っている。でもその後絞り出すみたいに言った。
「そいつの事、好きだったの?」
「まだ聞くの?もう終わりにして欲しいんだけど?」
「だめだ!そいつの事、好きだった?」
何だよ、まだ聞くのかよ!ホントにしつこいんだよ。
「当たり前じゃん。好きじゃなかったらあんな事しないしさせないよ!」
「好きじゃなかったらって言ってもさ、お前初めての時、俺の事なんて好きじゃなかっただろ?」
「そうだよ?当たり前じゃん初めましてだったんだから。でもさ、好きになれそうだなって思ってたよ……だから」
何だかよくわからないけど、ほっぺたが濡れてる感じがする。あれ、俺泣いてるや。俺ってこんなに泣き虫だっけ…。
そしたら、先輩がそっと抱きしめてきて、話してくれてありがとうって背中を擦る。掌が何だか温かかった。
「じゃあもう好きじゃないんだね。」
先輩が聞く。でもよく考えたら、あの時、別れてから一度も好きかどうかなんて考えたこともなかった。好きな訳ないって思い込んでたんだ。でもいざ聞かれると、良くわからない。嫌いだって断言できない。でも口は違うことを言ってた。
「当たり前じゃん。好きな訳ないでしょ。」
「じゃあ話して。どんな人?」
「大人だよ。俺より10歳上の。でももう別の人と一緒にいるし、別れて以来連絡も取ってない。これで許して。これ以上はもう、」
「うん、ごめん。分かったから。」
何が分かったのかわからない。聞きたいこと聞けたのかもわからない。でもそれから先輩はその事を聞かなくなった。このまま忘れてくれたらいいのにな。もう、俺も忘れるから……。
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